「あああー。やだ」
「なんだ?きゅうに」
素面のまなざしで、節が気乗りのなさをみせていた。
「だって、ぬいさん。なんか、かんがえてんだもん」
節を素面にさせたのは不知火だった。
「やっぱ。妙ちゃんのほうがよかったんだろ?」
「いや」
「じゃあ・・なんだよう」
答えようとしない不知火に
「つれないねえ」
一くさり文句をいって、不知火からはなれようとした節をおさえた。
「きいてくれるか?」
真面目な面構えに変わる不知火である。
「ど、どうしたんだよ?」
「まあ・・色々と。おもうところがあってな」
「う・・うん」
少し肌寒さを覚えた節は上掛けをひっぱりあげた。
「はなしてごらんなよ」
肢体をつないだまま、深い仲の女の情がからんだ。
女を拾ったという。
そこから、不知火の話が始まった。
「手篭めにされて・・死ぬつもりだったんだろう」
「ふん」
どうせ、女はいつか男にやられちまうんだ。
それが遅いか、早いか。
自分がのぞむか。のぞまないか。
男を知りきった節には今では、どちらも大差ないことである。
「それが・・わしの屋敷におる」
「はあ・・」
「手篭めにされた哀れな女子じゃと思うに・・どうも」
わかった。妙な気分になるのだ。
それがもうしわけなくもあり、
自分の男に嫌気がさしてくる。
そのくせ、身体にはしっかり、しゃっちょこばる部分がある。
「そりゃあ。むりないよ。あたりまえじゃないか」
「そりゃあ・・そうなんだが」
理周には割り切れない男の生理を身体で理解する女は簡単にうなづく。
「だからって、ぬいさんがその女に
なにかしようなんて、思うひとじゃないんだしさ」
実害がなければ、何をどう思っても男の勝手じゃないか。
「男がいやだっていうんだろ?
そんな女に限ってごろっとかわっちまうんだよ」
男をうけいれるだけでなくなり、男をほしがる女にかわる。
「それってさ。いやだの、しのごのってさ。
これは何にも知らない女のわがままだよ」
「へ?」
「だってえ・・」
節は腰を僅かにゆすってみせた。
それだけでこえをもらしかけ、
「こんなに・・きもちよくなるもんなんだよ」
女の良さを知らないだけ。
世間知らずの議論じみたものでしかない。
「いずれ、かわっちまうんだもの」
変えさせようとした男はけして、悪くない。
むしろ、男が女を変えちまうべきで、
「こんなの・・男じゃなきゃ・・おしえられないよ」
蠢かされた不知火に喘ぎだした節が証明する。
「悪いのは・・変わらない女のほうさ」
だから。
不知火が男である以上
女を変えてやろうとする事こそが正義である。
は、おおげさであるが、ゆえに、
「おかしな気に成らないなら、ぬいさんの方がまちがってるよ」
男である以上、不知火の反応は当然である
と、節は、揺らめきながら言った。
「ふうう」
不知火はまだ、ためいきなのか?
「なんだよ?どうにかしちまいたいなら・・・かまわないじゃないか」
「ばかな」
「ふん。それであたしを当て馬にしてるんなら同じじゃないかえ?」
「え?」
そうなのか?
そういうことなのか?
そう・・・かもしれない。
仮に節のいうとおり不知火だけの欲をはたしたとして、
理周のこころはどうなる?
「心がふさがれておるに」
「ばかいってんじゃないよ」
節の目がきつく見開かれていた。
「え?じゃあ。きくよ。あたしは誰かにほれちゃあいけないのかい?」
節の言いたい事が判らない。
「どういうことだ?」
「あたしはこんなお職だよ。
身体を開いて、どんな男にも抱かれるんだ。
男にやられちまった女は心をふさぎこまなきゃいけないかい?
誰かに惚れる心をもっちゃあいけないかい?」
それこそが不知火が理周にいいたいことだった。
「いいかい?女なんてもっとつよいもんだよ。
身体と心なんて、べつくだてなんだ」
「節?」
「ぶん殴って、押し倒してでもやってやりゃあいいんだ。
みえてくるんだ。そしたら・・・みえてくるんだ」
なにがみえてくるという?
節がなきだしていた。
「安っぽい女郎だって、本気で惚れられたいんだよう」
「節?」
不知火に節の言いたい事が見えた。
理周を手篭めにしてまでほしがった男。
それでさえ、自分にはかけてもらえない愛の形なのだ。
男は欲を拭うためだけに節を抱く。
欲をぶつけられ、節の奥底に生じた思いは
「愛されたい」そのひとことになる。
愛されたいという思いを自分にみせつけられ、
節の中で愛されたいという女こそが真実になった。
このいとしい女を、いじらしい女を、可愛い女を知った。
節は自分の中の女をだきしめてやる。
身体を通る男も知らない、節しか知らない女は節の宝珠だった。
「わかっちゃあないんだよ。どんなに女がかわいいもんか」
誰でもない。自分こそが女のいとしさを抱いてやれる。
この強さにたつまで、女はなににでも、心ふさがれる。
「甘っちょろい、女こそ、欲にぬぐわれりゃいいのに」
欲を拭われ続けた女だけが、この真実にめぐりあう。
「おかしなもんだよねえ」
不知火が節を抱きよせた。
節の中の女に届きゃしないだろうが
「だいてやる」
不知火に惚れもしないし、不知火も惚れやしない。
だけど、節は
「ありがと」
そういって、不知火の動きにかさねあわせていった。
「切ないよお・・・ぬいさん。ねえ。せつない。せつない」
節があらがう。
「節・・かまわない・・から」
「やだ・・やだ・・やだよう」
「いいんだ・・節・・放してやれ」
上り詰める事を抗う節に杭をうちつづける。
「あ・・あああああ」
高みだけの女になる。
高みを味わう、女がかわいい。
緩めない不知火の動きに、節が熔けた。
節も同じ。
高みに熔けこめるこの女の感覚がいとしい。
節は相変わらずかわいい。
「かわゆいの」
らしくもなく不知火が囁いた。
惚れてしまいたくなるほどかわゆいのに
「よう、ほれてやらん」
いいんだよって、節はくびをふった。
だって、ぬいさんは節の中の可愛い女を十分にみせつけてくれる。
節の中には愛されるに十分な可愛い女が居るから、いい。
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