憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―理周 ― 31 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:35:08 | ―理周 ―   白蛇抄第12話

薬師丸の声に振り向いた理周の手が、
側におる男の袖を掴もうとするかのように見えた。
『え?』
不安げな理周が頼り、縋るのはこの薬師丸でないのか?
薬師丸の声に顔をほころばせ、
「逢いとうなってしまいました」
例えばそのようなことをいって、薬師丸の側に駆け寄る。
従者の男は二人の姿に背を向けて、
若き想い人達の抱擁をやり過ごしてくれる。
「理周」
理周が高い声で自分を呼んだ。
「薬師丸様にお逢いできる処遇では有りませぬが・・
お願いがあってまいりました」
凛と通る声が震えているようでもある。
逢えない処遇と、理周が言った。
だが、お願いがあるとも言った。
足元の踏み板を見詰ていると、涙が落ちそうである。
理周は薬師丸の元に来ない。
だから、お逢いできない。
おそらく二度と会うつもりはなかっただろう。
だから、薬師丸の喜びをけすことにうろたえ、
従者の袖さえ掴もうとした。
理周も辛い。
辛いのは承知の上で、それでも、『お願い?』
き、と顔をあげると、
「なんだろう?薬師丸にできることであらば・・なんでも」
薬師丸は理周しか要らぬ。
だが、望めぬものならば、望みはしない。
理周が望む通り。
それをかなえてやるが、薬師丸の心。
「いうてみよ」
細く潤んだ瞳を開けなおし涙を堪えると
「ここではなんだろう。中にはいればよい。中で聞こう」
促された理周が従者を振り返った。
どうしよう・・。
どう迷ったかは知らぬが、
理周の背を押すような従者の深い頷きを見た理周の背が
ぴんと強いものになった。
『そ・・そういうことか・・』
男ならさっしがつく。
従者の袖に触れかけたのも、薬師丸が考えたこととはほど遠かった。
いや、既に従者という言い方さえ間違っていたのだ。
理周の心が女を呈している。
安心して心を委ねらるる男に、委ねる女を生じさせている。
『女になったか。理周・・・』
事実であるが事実でない。
が、真実に成ろうとし始めている事を気取ると
「ついてこや」
二人を手招いた。

 



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