薬師丸の声に振り向いた理周の手が、
側におる男の袖を掴もうとするかのように見えた。
『え?』
不安げな理周が頼り、縋るのはこの薬師丸でないのか?
薬師丸の声に顔をほころばせ、
「逢いとうなってしまいました」
例えばそのようなことをいって、薬師丸の側に駆け寄る。
従者の男は二人の姿に背を向けて、
若き想い人達の抱擁をやり過ごしてくれる。
「理周」
理周が高い声で自分を呼んだ。
「薬師丸様にお逢いできる処遇では有りませぬが・・
お願いがあってまいりました」
凛と通る声が震えているようでもある。
逢えない処遇と、理周が言った。
だが、お願いがあるとも言った。
足元の踏み板を見詰ていると、涙が落ちそうである。
理周は薬師丸の元に来ない。
だから、お逢いできない。
おそらく二度と会うつもりはなかっただろう。
だから、薬師丸の喜びをけすことにうろたえ、
従者の袖さえ掴もうとした。
理周も辛い。
辛いのは承知の上で、それでも、『お願い?』
き、と顔をあげると、
「なんだろう?薬師丸にできることであらば・・なんでも」
薬師丸は理周しか要らぬ。
だが、望めぬものならば、望みはしない。
理周が望む通り。
それをかなえてやるが、薬師丸の心。
「いうてみよ」
細く潤んだ瞳を開けなおし涙を堪えると
「ここではなんだろう。中にはいればよい。中で聞こう」
促された理周が従者を振り返った。
どうしよう・・。
どう迷ったかは知らぬが、
理周の背を押すような従者の深い頷きを見た理周の背が
ぴんと強いものになった。
『そ・・そういうことか・・』
男ならさっしがつく。
従者の袖に触れかけたのも、薬師丸が考えたこととはほど遠かった。
いや、既に従者という言い方さえ間違っていたのだ。
理周の心が女を呈している。
安心して心を委ねらるる男に、委ねる女を生じさせている。
『女になったか。理周・・・』
事実であるが事実でない。
が、真実に成ろうとし始めている事を気取ると
「ついてこや」
二人を手招いた。
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