出立する二人を見送る夫婦はためいきをつく。
「綺麗なお嬢さんなのに・・」
見かけではわからぬ不幸をしょいこんでいきてきたのであろう。
もの寂しい匂いが、つきまとう。
不知火はそれをふきとばしてやりたいのだろう。
『父にあえるといいの』
帰りはきっと、明るい娘が顔をみせてくれるだろう。
永常ははなむけがわりに道中の加護を祈った。
「ふう」
溜息を付き玄関をくぐる永常を妻女は怪訝にみた。
「どうなさいまして・・」
「いや。羅漢の里にまで現れた鬼女のことを・・」
「ああ」
永常は話せなかったのだろうと、妻女は頷いた。
「あやつなら、ひょっとして、すくえるのではないかとおもうたが・・」
「それどころではなさそうですものね」
少女の項の細さが一層寂しさを物語っていた。
不知火が心をくだくのがわからぬでない。
「いわぬほうがよかったのですよ」
「そうだの」
どこかであてにしてしまっていた。
かすかな不安を抱きながら、永常はたたきを上がったが、
「ちゃでもいれぬか」
妻女をふりかえった。
妻女がくどへゆくのをみとどけると、居間へはいった。
梅雨のひぬまに、菖蒲がさいておろう。
雨戸を開け放てば、眼前は薄曇の外になった。
ふらぬだろうの。
おちぬだろうの。
雨を気にしながら不知火と理周は夕刻近くには羅漢の里にはいれた。
羅漢寺の奉納は二日後。
賢壬尼を迎える仕度もあろうが、
余呉に連れてゆく算段もあろう。
薬師丸ももう、羅漢の里にはいっているのではないだろうか?
おそらく、ご母堂、賢壬尼のすまう、羅漢寺に投宿なさろうと、
永常は言った。
里へ入り、人の口を頼れば
確かに高貴なかたが羅漢寺にはいったをみたという。
小さな沼を通り過ぎれば、羅漢寺への一本道だと教えられたとおり、
沼の脇を通り越せば、果たして寺の造作がみえてきた。
「ここらは沼や池がおおいの」
「ここいらまで、琵琶の湖の水が、あったなごりなのでしょうか?」
摂津へ抜ける水路がひらかれ、湖は水を引いたと聞く。
夕間暮れがにじみよる。
「いそごう」
足を速める二人にぴしゃりと小さな雨粒がおちた。
「ふってきたわ・・ゆくか」
永常の加護が効いたか。
寺の門前に立った途端、土砂降りの雨に変わった。
雨を突いて現れた二人連れを、どうしたものかと世話女が尋ねる。
「薬師丸様におあいしたいというてもおるのです」
雨の中、断るのも気の毒であり、こちらの風体もわるい。
「戒実。お前にあいたいと・・」
賢壬尼は息子を振り返った。
「私に?はて・・・誰であろう?」
「長浜からいらせられたと」
女はつづけた。
「男の方は従者かと、女子の方は年のころ十七、八・・綺麗な」
「痩せておって・・胸元に黒い笛の袋をさしておらなんだか?」
「ああ」
言われればそう。
笛を入れておったのかもしれぬ、細い袋が胸元にあったような。
「理周だ」
呟くより早く薬師丸は立ち上がると本堂の濡れ縁に飛び出していた。
理周への申し入れは確かに伝えられている。
が、返事は
「考えさせてくれとの由。もう少し日を与え下され」
急ぎはしない。
迷うた気持ちのまま、居場所のない理周がやまれず、薬師丸にすがる。
そうならざるを得ない事であろうが、
それでも、仕方なくでは薬師丸も辛い。
隅に処せられる先もありえる。
どの顔で無理に理周を引っ張れるものか。
理周にそれ相当の覚悟がなければ、母の二の舞。
理周の意気地にまかせたのだ。
迷うも自由。
この先に、断りの一文字しかないかも知れぬが、それも理周にゆだねる。
「待とう」
返事を返した薬師丸の元へ、その理周が来た。
それも、わざわざ、京のはずれ
羅漢の里。母である賢壬尼のおるここに。
と、いうことは・・・。
「理周か?」
濡れ縁を走り、広い階(きざはし)の段の前に立つ理周を見た。
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