幸太は荷車をひさしのしたにかたせると、
家の中に入ってくる。
小枝はなにごともなかったように、
炭俵をあみつづけながら、
「おとっつあん。おかえり」
と、声をかける。
「ああ。そうだ。小枝」
幸太は懐から小さな巾着袋を
ひっぱりだし、
小枝をよぶ。
「今日は、みやげがあるんだ」
幸太の声のするほうに
首をねじまげて、
小枝は応える。
「あら?なんだろ?」
小枝の手に巾着袋を
にぎらせておきながら、
幸太は言葉に詰まる。
「・・・あとでな・・・。おとっつあんが、つけてやるよ」
小枝が袋の中から、
引っ張り出したものは小さな貝殻だった。
「紅がへえってるんだよ」
不思議そうに指先で貝を触る小枝である。
幸太が小枝に紅をかってきたのは、
今日の問屋での祝い事のせいである。
同じ年頃の娘でありながら、
かたや、めしい。
着飾ることもできぬ、暮らしであるのは、もとよりだが、
たとえ、着飾った所で、
それを見せる相手もいなければ、
自分でも
見ることは出来ない。
娘らしい楽しみも知ることができない小枝に
紅をかってきたところで、
小枝はかなしいだろう。
幸太はそうも想った。
だが、今日の出来事で、幸太の中のなにかが、かわっていた。
誰かの元に嫁ぐ事も無い小枝であるから、
目が見えない小枝であるから、
だからこそ、
娘らしいはなやぎをもってみたいのではないか?
それをつんでしまうことを
していたのかもしれない。
幸太は問屋の娘をうらやむまいと、
自分に出来る小枝への、
はなやぎをてにいれることにした。
そして、小枝は・・。
「ああ?紅って、けわいの紅だよね」
化粧なぞしなくても、
小枝は充分にうつくしい。
うえに、娘である。
どんな花とて、うらやむ年頃の娘であるが、
やはり、それでも、
「おとっつあん。どうやって・・・これをぬりゃあいいんだろ?」
幸太の不安を拭い去るに足りる
小枝の声はうれしげであった。
「どら・・・」
無骨な指が貝をひらき、
小枝の唇に紅をのせると・・・
幸太の瞳から、こぼれるものがあった。
目さえ見えりゃあ、
小枝は器量よしだ。
どんな所の娘にもひけをとりゃしない。
三国一の花嫁になるのさえ夢でない。
なのに、
こんな、紅ひとつに、心を弾ませることしかできなくて・・・。
これくらいの幸せしか、もらうことができない小枝なのに
邪気なく喜ぶ小枝だからこそ
小枝がいっそういじらしく、あわれである。
「おとっつあん?どうだい?」
弾んだ声が紅をさしおえた唇から、洩れてくる。
「ああ。べっぴんだ。かあちゃんにみせてやりてえよ」
小枝にこそ、みせてやりたいといいそうになる言葉を幸太は言い換えた。
「ほんとうにかい?」
弾んだ声は幸太が思わず吐き出した言葉に
しなれることもなく、
「あたしひとりで、紅をさせるようになれるかな」
浮き立った喜びが小枝を包んでいた。
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