憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

お登勢・・17

2022-12-18 12:40:44 | お登勢

お芳もおさんどんよろしく、
袖をまくり挙げて、てつないにはいっていったくどに
いつも、朝餉の手伝いにはいる
お登勢の姿がみあたらない。
「おやあ?めずらしく寝坊かい?」
今まであったことじゃないから、
寝坊というより・・・。
具合でも悪くしたのかしらん?
と、お芳は挙げた袖、そのままに、
お登勢の様子を見に行く事にした。
お登勢の部屋のふすまの前でお芳は声をかけた。
「お登勢、はいるよ。
どうしたね?
具合でもわるいのかい?」
だが、部屋のなかから、お登勢の返事はない。
いよいよ、これは・・・。
熱でもだしているのかと
お芳は遠慮なくふすまを開いた。
「え?」
部屋の中にお登勢の姿はなく、
寝床もあげられていて、
部屋の真ん中に昨日の夜遅くまで
仕立てていた紬の男羽織が丁寧に折りたたまれている。
「や・・やだね・・」
お芳ははじめ、
お登勢が晋太さんと逢引でもしているのだと思った。
夜中に部屋を抜け出し
朝にかえる筈が
そこは、男と女。
別れを惜しんでついお天灯さまに先をこされちまった。
と、こういうことだろう。
「やだよ・・・。
盛りのついた牝猫みたいに・・・」
だが、男と女。
いったん火がついたら、そんなものかもしれない。
お登勢だって、やはり、女。
己を貫く恋情には勝てなかったということだろう。
それにしても、
と、思う。
『旦那様の手前。他の奉公人の手前・・・。
どう、いいつくろおう』
あくまでも、お登勢をかばってやるつもりの
お芳でしかなかった。
が・・・・。それから半刻がすぎても
お登勢が戻ってこない。
「いいかげんにおしよ。
ちょっと、目を瞑ってやろうにも
ほどがあるじゃないか・・・」
ぶつぶつと独り言がでてくるのは
いつものことであるが・・。
ふと・・・。
剛三郎の言葉が思い返された。
「あんまり、無理強いするとお登勢が此処に居られなくなってしまって、でていってしまうかもしれないからね。
もう、何もいわず、
お登勢のしたいようにさせてやればいいじゃないのかね」
お登勢が出てゆくわけなどない。
でてゆく宛てもないお登勢じゃないか。
そうおもってもいた。
まして、今までのお芳とお登勢の信頼は堅いものだと思ってもいた。
だが・・・。
昨日、お登勢は一言も涙の理由も語らず
あれから、お登勢に話しに行った剛三郎も、
やはり、断る理由もやはり聞けなかったという。
つまり、
お登勢とお芳の間には
何か話せないことが有るという溝が出来ているという事になる。
それを単純に
「お登勢もひとりの女なんだね」
と、お芳は勝手に得心していた。
ひとり。女。お登勢。
これはお登勢だけのものである。
お芳にいくら、お登勢の面倒を見てきたという責任と権利があったとしても、お芳が介在できる部分ではない。
ひとりの女であるお登勢。
これは、お登勢だけのものである。
だから、
浅ましいほどに「女」に豹変するお登勢であったとしても、
そこは、見てみぬふりで通すしかない。
おなじように、
お芳が剛三郎の前で見せる態度を
しのごのいう権利が誰にもないのと同じことである。
こうわりきってみたが、
朝帰りをやらかすお登勢に豹変すると、にわかに
信じがたいのも事実ではある。
「まさか・・・。
うちの人のいうとおりじゃあるまいね?」
お芳はもう一度、お登勢の部屋に入っていった。
たたみこまれた羽織をひろげ、良く見てみた。
「しあげてある・・・」
まだ、遣り掛けだと思っていたのに、
昨日の夜のうちにしあげてしまっていたのだ。
「なんだよ・・・。
飛ぶ鳥後を濁さず・・みたいじゃないか。
いやだよ・・・」
剛三郎のいうとおりでしかないのか?
お芳は確かめる自分をとどめようとしながら、
確かめて、まさか、出て行ったお登勢じゃないと
はっきり、お登勢の帰りを待ちたかった。
「ちょっと、ごめんよ・・」
押し込みの中のお登勢の持ち物を勝手に覗き込むのを
わびる口より先、お芳の手が押し込みを開き
お登勢の行李を引き出していた。
おそるおそる、行李を開けたとき
お芳の目に
あるはずもない
有ってはいけない
隙間があった。
「・・・」
お登勢の身の回りのものがなくなっている。
でていっちまったんだ?
なんで?
何で、でてゆかなきゃならない?
なんで、
でてゆくわけもいわず、
なんで、
突然、でてゆかなきゃなんない?
それに・・・。
いったい、どこへでてゆくというんだい?
銭だってもってやしない。
晋太さんだって、住み込み奉公じゃないか?
どこに行くあてがあるというんだ?
「それとも・・・」
お登勢の相手が晋太さんだというのが、
見当違い?
お登勢は・・晋太さんじゃない・・・、
それこそ、うちの人のいうとおり、
どこかの大店の跡継ぎと情をかわしていて・・・。
その人を頼ってでていってしまった?
「それにしたって・・・」
そうなら、そうと、いってくれりゃいいじゃないか?
それとも・・・。
やはり、お登勢は怒っていたのだろうか?
口が利けるようになったとたん、
子供養子にはいってくれないかなんて、
お登勢にすれば、いいように利用されるみたいで、
くやしくなっちまったんだろうか?
それでも、その話はなかったことにしてくれって、
うちの人が・・・ちゃんと・・伝えて・・・・。
「あ・・あの人・・・どういったんだろう?」
もう、お登勢と大店の跡継ぎの話ははっきりしたものに、
なっていたんだ。
勝手に所帯をもつ。
それも、木蔦屋の先を蹴って・・・。
これが、もうしわけなくて、
お登勢は追い詰められて・・・でていったんだろうか?
だとしても、
それで、そのまま・・・。どこかの大店の跡におさまりゃ、
お登勢が嫁に入ったって事がわかる。
勝手に飛び出し、
のうのうとどこかの嫁におさまりゃ、
いくら、木蔦屋だって良い顔はしない。
そんな、確執をのこすってことくらい・・・。
お登勢なら考え付くはずだ。
だとすると・・・。
出て行ったわけが他にある気がする。
剛三郎の言うように
『言うに言えないわけがある』
って、ことなんだろう?
黙って出てゆくしかないお登勢の相手。
と、いうことになるのかもしれない。
剛三郎はそこをなにか、感づいていたのかもしれない。
「おまえさん・・・おまえさん・・・。
ちょっと、きておくれよ」
庭の盆栽に水をうっているだろう、剛三郎に
お芳は大きな声でよばわった。

ゆくりと手を拭きながら剛三郎は廊下に腰をかけ、
下駄をぬいだ。
そのまま、部屋にはいってみたが、
お芳はいない。
「なんだよ?何処に来いってんだ?」
文句を一くさり、言った途端、
お芳の声がはねかえってきた。
「おまえさん。お登勢の部屋にきておくれよ」
二つ、むこうからのお芳の声が甲高い。
「なんだよ?
又、今度はなんだよ?」
お登勢がお芳と一緒にいるものだと思い込んでいる
剛三郎は
お登勢の態度に業をにやして、
お芳がつめよったのだろうと考えている。
「まったく、おまえの短気にはあきれる」
とは、いってみるが、
わざわざ、お登勢をおいつめてくれるのは、
剛三郎にとっては思う壷なのである。
堪えきれずお登勢に詰め寄ったお芳とお登勢の
間を取り持つ難儀も
はかりごとがすんなり通らせるための
ひと難儀。
口と裏腹にやはり、どこか、嬉気なのが
外に出ちゃあ、まずいと
剛三郎は大儀そうに
「なんだっていうんだよ。
あさっぱらから、
よそ様にまる聞こえの大声じゃないか」
と、お登勢の部屋のふすまの前で
まず呟いて見せた。
そして、ひょいと顔をのぞかせれば
お芳の怒り顔と
お登勢の困った顔が並んでいると思った。
ところが・・・。
「おや・・・。お登勢は?」
主のいない部屋に雇い主といえど、勝手にははいらないのを
常にしているお芳がひとり、
羽織を抱かえ、つくねんとつったったまま、そこに居た。
「でていっちまったんだよ」
お芳の返してきた言葉に
「えっ」
と、剛三郎も愕く声をあげた。
「おまえさんのいうとおりだ。
お登勢をおいつめちまったんだよ」
「ま・・まさか・・・」
そんなことはありはしない。
だいいち、まだ、お登勢の行く先をつくってやってもいやしない。
でてゆくのは火を見るにあきらかなしかけを労した剛三郎ではある。
が、いくら、お登勢がお芳に面とむかうが
いたたまれなくなったとはいえ、
急すぎる出奔である。
「まさかって・・・
おまえさん、そうじゃないっていえる心あたりがあるのかい?
いや・・・あるんだね?」
こんなときほど、ひとり娘で育ったお芳の押しの強さがいやに成る。
「いや・・・。そうじゃなくて・・」
下手にとぼければいっそう、事をややこしくする。
こうなったら、自分ごとにかこつけたわけを
人事のようにいってみるが逃げ手だと
剛三郎は臍を固めた。
そして、これからお芳に言う事が
いずれ、剛三郎のことであったと
後から解けてくるという事でしかない。
「俺が思うんだけどな・・・。
お登勢がどこかの大店の跡継ぎと一緒になるって了見だったら
お登勢だって、きちんと頭を下げてくると思うんだ。
それがいうにいえない相手だから、
お登勢は何も言わずに堪えたんだと思う。
その相手が誰かをいったら、相手も困るし
お登勢はなによりもお前に反対されたり
お前が悲しむとおもったんじゃないんだろうか?」
「ど・・どういうことだよ?おまえさん」
そんなに遠まわしに言われたらいっそう判らない。
「あああ。あのな、俺もそうじゃないかと思ったから
俺も・・・
お前にいいにくかったんだけどな・・・」
「やだよ。良くわからないのはすまないと思うよ。
おまえさんもあたしに気を使ってくれたこともわかったよ。
何を聞いても愕かないから
はっきりおしえておくれでないかい?」
「う・・・・ん」



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