憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

お登勢・・16

2022-12-18 12:40:58 | お登勢

ひとり、部屋に残されるとやはり、
お登勢がこっちに話してくれなかったことが
心に浮かび、ひかかってしまう。
そのこだわりを宥めるようとお芳は自分に言い聞かせる。
剛三郎の言うとおりにしよう。
あたしからは、お登勢になにもいうまい。
と・・・。
だけど・・・。
と、お芳は思う。
剛三郎の推量が本当だったとしたら、
お登勢は誰の事をおもっているというんだろう?
殆ど木蔦屋に居るばかりで、
お登勢が誰かとこっそり逢っている・・
とは、とても、考えられない。
ましてや、昨日まで口が聞けなかったお登勢が
どうやって想いを交わすことができるのだろうか?
こう考えると
お登勢が胸のうちに想いを秘めているだけに思える。
たぶん、そうだろう。
と、なると、剛三郎の言う
例えば、大店の跡継ぎというのは、
違う。
お登勢ひとりが胸に秘めている想いだけでしかないのだから、
木蔦屋の養子にははいれないと、かんがえはすまい。
お互いの想いが通じ合って
大店の嫁に入るんだとお登勢が覚悟を決めているなら、いざ知らず
いわば勝手な片恋で大店の嫁になるかもしれないと
考えるようなお登勢ではない。
だから、
お登勢の想い人がどこかの跡継ぎという理由で
養子の件をことわってくるという推量はなりたたまい。
後、考えられるのは、
晋太さんかねえ?
今日、お登勢が喋れるようになったと、晋太さんに伝えに行ってる。
そこで・・・。
お互いの気持ちが男と女の物だって、
打ち明けあったのかもしれない。
だとしたら、
染物職人としてのこの先を考えて
お登勢が夫婦養子にだって、入りたくないと、考えてもおかしくない。
晋太さんかもしれない。
殆ど晋太さんと合うことなぞなかったお登勢だけど、
お互いの性分を良くわかってるだろうし、
お登勢をみていてもそうだけど、
子供の頃の性分ってのは、
大人になっても殆ど換わりはしない。
人の気持ちを考えすぎるお登勢の性分を考えても、
晋太さんなら、気心がしれていて、
お登勢が構えてしまうこともないだろう。
お登勢にとって、唯一、安堵できる相手だろう。
晋太さん・・・なのかもしれない。
だとしたら、
お登勢がその内、今度こそ、はっきりと
一緒になると、教えてくれるだろう。
そうお登勢がきりだしやすいように、
『うちの人は、上手にお登勢に伝えてくれてるんだろうか』
少し不安になる。
でも、養子の話が白紙になってしまったんだから、
日がたてば、元通りのお登勢になって
お芳からもそれとなく、
晋太さんとの仲をたずねることもできるようになるだろう。
そのときには、気持ちよく
二人のことを祝ってやればいい。
お芳がそんな風に考えている間に
お登勢は
今夜にでも、木蔦屋を出てゆくしかないと、
覚悟をつける事態をむかえていた。

仕立て物は紡ぎの男羽織で上物である。
男物もまかせられるようになってから、
お登勢の腕にいっそう、磨きがかかったように思われる。
『針子としても、大事なお登勢だ』
いまさらのごとく、
お登勢の才は、木蔦屋になくてはならないものになっていると
剛三郎は意識する。
ふすまを開けた剛三郎の目にとびこんでくるのは、
一心に運針に目を張るお登勢である。
「お登勢」
声をかけられて、お登勢はやっと、剛三郎に気がついた。
お登勢は突然冷たい水を浴びせかけられたかのような、
驚きを必死で隠すしかない。
もちろん、剛三郎はそんなお登勢であると、
気がつきもせず
好きあった女に対して、ごく自然にそうするだろう、ふるまいを
お登勢に仕掛けようとする。
お登勢の側に座り込むと
剛三郎はお登勢の手をとろうとする。
手を取れば、そのまま、引かれるように
剛三郎の胸に甘えてくると思ったお登勢が
剛三郎の手をはらった。
「だんなさま・・。女将さんの目と鼻の先で・・
後生ですから・・・。
勘弁してください」
ああ、そうか。
やはり・・・。そうなのだと、
剛三郎は思う。
お芳に見せたお登勢の涙は
剛三郎への思いと
お芳への思いとに板挟みになったお登勢の軋轢だったのだ。
やはり、
お登勢を外にだしてやるのがいいと
剛三郎は確信を深くしたのである。
「お登勢。あんじなくていいよ。
お芳ももう、養子の件は取り下げるときめたし、
お前のすきなようにできるんだよ」
剛三郎はそれでも、お登勢の手をとったまま
お登勢の手をゆっくりとなであげて、ささやく。
「白銀町に、家をかりてあげる。
お登勢は此処をでて、
そこから、通うといい。
お前から、出るといえば、お芳ももう、文句はいいやしない」
そして、その家に剛三郎が出入りする。
剛三郎の筋書きは、まだある。
だが、いまはここまでにして、
お登勢の軋轢をひとつ、とりのぞいてやりたかった。
「あ・・はい」
突然すぎるとも、
この身に勿体無さ過ぎる処遇であるとも、聞こえる
戸惑いの答えぶりに、
剛三郎は
「いいんだよ。
お登勢は私の跡継ぎを産んでくれる
大事な人だ。
むしろ、肩身の狭い思いをさせてしまってすまないと
おもってるくらいなんだよ」
この先の図を描き出す剛三郎の喜々とした声色をきくお登勢の胸が
大きくきしみ、痛んだ。
『だ・・・だんなさまをも・・・うらぎっているのだ』
茶屋での剛三郎から、逃げ延びるために
お登勢は自分でも愕くしたたかさで
嘘の女を演じきった。
それは、姉川の縁の下で
自分を守りぬき、生き延びたお登勢の知恵がさせたものだったろう。
父の死を
母の死を
見つめながら、一言も声を発さず
守り抜いた自分を
さらに守り通さねば、
父の死に、母の死に
声を発さず、生き延びた自分が崩れさる。
此処で自分を守りきれぬなら、
あのときに、声を発し
父を呼び、母を呼び
死んでいた方がよほど・・・娘らしく生き抜いたといえるだろう。
父母への情愛を
自分が生き延びる事にかえて、此処まで生きてきた自分だ。
そんなお登勢の底が
女としての窮地を乗り越えさせる知恵を沸かさせた。
だけど、
結果的に剛三郎はお登勢を信じ
自分の先行きの一つをお登勢に託そうとしている。
旦那様をだまし、
女将さんを裏切り、
そして、このままでは、
お登勢自身を裏切ってしまう。
剛三郎の手から逃れることも急を要しはじめていたが、
これ以上、
剛三郎をだまし続けるお登勢を演じなければ成らないことも
二重におかみさんへの裏切りだと思えた。
今、此処ですっぱり、お登勢の本心を剛三郎にぶちまけたところで、
剛三郎が、お登勢をあきらめるとは、思えない。
諦めるくらいなら
お芳の目と鼻の先のお登勢の部屋に忍び込んで
思いをはたそうとなぞとすまい。
お登勢が嘘をついても、本心をぶちまけても、
どのみち、剛三郎はお登勢を自分の思いのままにしようとするだろう。
ただ、ひとつ、此処で身を守る法があるとすれば、
お登勢が騒ぎ立てるしかない。
「だんなさまが・・・」
大きな声で叫べば、剛三郎も流石に女将さんの手前、
その場は適当にいいつくろっても、
もう、この先、此処ではお登勢にちょっかいをかけないだろう。
だけど、それをしたら、どうなる?
女将さんの旦那様への信頼が地におち、
女将さんはいつも、旦那さまに
このお登勢に不安をいだく。
そんなことはできない。
かといって、
適当に言い逃れて、剛三郎をふりきってみても、
いまもそう・・・。
お登勢の手を握りしめている。
何度もかわしていれば、じれた旦那様が
間違いなく女将さんの隙をねらって、お登勢につめよってくるだろう。
『どうにもならない・・・』
ここにいれば、自分を殺して
手を預け、いずれは、なしくずし・・・。
これ以上、旦那様をだますような仕打ちをつづけることは
ありもしない期待をもたせ・・・あげく・・・。
お登勢は切羽詰って、逃げ出すしかなくなるだろう。
それくらいなら・・・。
だましたとののしられる仕打ちを既にしでかした自分であるなら、
『女狐』
と、いっそ、事実そのまま・・・。
そうおもわれたままで、
せめて、これ以上、嘘を積み重ねずすますしかない。
そして、これ以上・・・
旦那様に・・・。
触れられるたびにぞっとする思いが
もうお登勢に嘘をえんじられなくさせて、
嫌だと叫び出す前に
こらえが切れてしまう前に
もう、こんな嘘をつくろっちゃあいけない。
いくら、考えてもここを出るしかない。
女将さんにも・・・。
恩知らずだと・・・。
思われたまま・・・。
それで・・・いい。
そう・・・しかない・・・。
お登勢の覚悟に剛三郎の所作がいっそう拍車をかけた。
お登勢の手は細く柔らかく指先までなであげた剛三郎は
やはり・・・、
お登勢を寄せ付け、その口をすすろうとする。
「だんなさま・・・。
後生ですから・・・。
女将さんに・・・。
申し訳ないですから・・・」
だから出てゆくしかなくなったお登勢だから、
きっと、
剛三郎はお登勢のこの最後の言葉を
あとできっと、
お登勢が出て行った後できっと、
わかってくださるだろう。
「そう・・なのかい・・
しかたがないね・・」
あまり無理強いをして
押し問答を繰り返していてもらちがあかない。
そのうち、尾芳がいつまでもお登勢の部屋に入り込みっぱなしの
剛三郎を呼びに来るかもしれない。
そうでなくても、
お芳へのすまなさで
また、お登勢に顔色をかえられては、
又も、お芳に疑念を抱かせるだけになる。
「わかったよ。
今度・・・ゆっくりとね・・」
お芳の存在を意識させないところで、
ゆっくりと、ねんごろの仲になりたいと、
お登勢はそういってるのだと、
剛三郎は受け止めていた。



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