「佐吉には、子胤がないんだよ」
お千香が口を開いた言葉がそれだった。
弥彦は其の言葉で
お千香の望を理解した。
弥彦に子胤を落としてくれといってるに違いなかった。
が、
「だから・・。と、いって、そんなことができるわけはないじゃないか。
え?
子供ができねえからって、
なんだよ。
貰い子でも、なんでも・・・」
弥彦はお千香を真正面から見据え、
もっともな、意見をしたつもりだった。
だが、お千香は悲しい目で弥彦をみつめかえした。
「佐吉はそんなことに、きがついてないんだ。
そんなこと、いえやしない」
じゃあ、子供が出来ないならできないでいいじゃないか。
できなけりゃ、佐吉もきがつこう。
きがつかなくとも、
子供のことについては、あきらめがつこうというものだろう。
「そして、子供ができないまま・・?
あたしも佐吉もそりゃあ、そんなこと、かまいやしないよ。
でも、おとっつあんのことを考えると・・」
「ああ。親方かあ・・・」
弥彦もついうなづいてしまってから、
はっとした。
それは、半分がた、お千香の意志を飲んだといってるようにも聞こえる。
「今なら佐吉も自分の子だと思ってくれる。
だから、後生だから」
弥彦の胸の中に沸く思いに妙な嫉妬がある。
弥彦がそれでもお千香を断れば、
お千香は他の誰かのところにいくのではないか?
この思いに取り付かれると
いっそ、それくらいなら、自分こそが、お千香を抱いてしまいたいと思う。
だけど、それは、反面、惨めなものである。
「お千香ちゃん。
そりゃあ、つまり、誰でもいいってことなのかい?」
其の言葉が既にお千香の心を欲していると
白状している事にきがつかない弥彦であるのに、
弥彦の問いに答えたお千香は
弥彦の自分への気持をさとっていた。
手管になれた女郎のように、
お千香は弥彦の其の気持をかけひきにする。
「おとっつあんは、あんたと、一緒になってくれと、あたしには、何度も言ってたんだよ」
え?
弥彦の知らぬ所である。
「だから、出来れば弥彦さんの」
子胤がほしい。
皆まで言わず
「だけど、弥彦さんが、あたしなんか、どうしてもいやだっていうなら、
他の人との事もかんがえなきゃ、しかたがない」
俺はていのいい、種馬でしかないかと、
お千香の心が流れ込まぬ事がみじめであるくせに、
このままでは、
お千香の決心が固いから、確かに他の男の所にいっちまうかもしれないことだけは、
都合よくしんじこむと、
弥彦の嫉妬は
欲情の火に油を注ぐだけになる。
「だめだ。佐吉だとおもえばこそ、俺はお千香ちゃんをあきらめたんだ。
それなのに・・・。
他の男なぞに・・・」
弥彦の理性はあえなく砕け、
一度ときはなった恋情は
お千香を欲しがる。
『お千香ちゃん・・』
手を伸ばすまでも無く弥彦の傍ににじり寄ったお千香がいる。
いままで、せきとめたことが
嘘だったかのように
弥彦はあっさりと、
お千香とむすばれる事を選んでいた。
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