憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

白砂に落つ・・・4

2022-12-16 09:36:48 | 白砂に落つ

弥彦の思いつめた表情に定次郎は
膝に抱いた孫を見つめなおした。

下の子はともかく、
上のおなごの子はわけがわからぬとも、
大人の言葉を解し始めている。

弥彦の話が佐吉のことであるだろうと
思えば、いっそう、幼子の心のひだに
何が残るかわからない話が飛び出してきそうである。

定次郎は隣の部屋にいる、家内を呼ぶと、
二人の孫を散歩にでもつれだしてくれと頼んだ。

家内である、お福にも
弥彦の話がもれきこえないほうが良いと
定次郎は思った。

それ程に弥彦の顔つきは尋常なものでなかった。

部屋の中で定次郎と二人きりになると、
弥彦はいきなり定次郎に手をつき、畳に頭をこすり付けた。

「弥彦」
それでは、なにがなんだかわからない。
はなしてくれねば、わからぬ。
わしに遠慮せず話せばよい。

佐吉のことを聞きたがらない定次郎に
佐吉のことを聞かせるをわびる弥彦だと思い
定次郎は話せばよいと言葉をつづけようとした。

「親方。俺さえ、俺さえ、あんな事をしなければ、
佐吉もお千香ちゃんをあやめたりしなかったんだ」

お千香が殺されたわけが
弥彦にあるのだといわれても、定次郎には、わけがわからない。
きり詰まった口調で弥彦が告げる口元が苦しくゆがんでいる。
どういうわけがあるか、判らないが弥彦が佐吉の死に目に
せめて、汚名をはらそうと、一芝居うっているわけではない。
「弥彦よ。真実をお前がしっておろうと、今更それをきいて、
お千香が、かえってくるわけでもない。
かといって、お前の友であり、
お千香の好いた男のことだ。
わしが佐吉をにくんでは、お千香も二人の子も哀れだろう?
わしは、佐吉をにくんではおらん。
いや、にくまぬときめた。
だから、おまえが知っているわけをわざわざ、はなさずとも・・・」
話すにさほどくるしくなることなど、そっと胸の中にしまっておけばいい。
定次郎が宥める言葉に弥彦は激しく首を振った。

「そうじゃない。そうじゃないんだ。そんなんじゃないんだ」
男が泣き崩れそうである。
が、それを見つめる定次郎にすれば、
できれば、ききたくはない。
まんがいちにでも、
きいて、佐吉がお千香をころしても仕方がなかった。と、
うなづいてはやりたくはない。

佐吉はお千香を好いていたと思う。
心底ほれたお千香とみえた。
だが、真実がそうであるなら、
佐吉に殺されなければ成らない
落ち度がお千香にあったということになる。

弥彦の話はそこに触れるきがして、
定次郎は
弥彦の口からもれでてくる言葉を
ふさごうとした。

だが、

「親方・・・。俺は佐吉にもお千香ちゃんにも、
つぐなってゆかなきゃならないことがある。
それをするためには、
親方にはつらいだろうが、やはり、本当のことを
話さなきゃなんねえと思う」

弥彦の気持をおさめることはできそうもない。
定次郎は弥彦の話をきくことだけが、弥彦の気持を
軽くしてやれるきがして、
「まあ、話しちまいな」
と、折れるしかなかった。



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