憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

白砂に落つ・・・3

2022-12-16 09:37:04 | 白砂に落つ

其の日の朝であった。

弥彦が定次郎の元にやってきた。

弥彦にすれば、複雑な心境であろう。

佐吉は弥彦の朋友といってよい。

そもそも、
お千香が佐吉としりあったのも、
弥彦からなのである。

兄妹といっても過言で無いほど
弥彦とお千香も仲が良かった。

朋友である佐吉とお千香が惹かれあい
恋に落ちるともしらず、
二人を引き合わせることになった、弥彦とて、
定次郎の胸のうちでは、
お千香の婿にと、夢を描いた男であった。

無理じいはできまいが、
お千香にだけは、
「弥彦に貰ってもらったらどうだ?」
と、ひそかにたずねたこともある。

定次郎の眼の前にすわった弥彦は
相変わらず、
自分が佐吉とお千香を引き合わせたことを
くやんでいるのであろう。

お千香の死をおもえば、
佐吉の処刑は当然の報いであるが、
いよいよ、佐吉が処刑となると、
友の立場で考えることが許されるなら、
弥彦は妹につづき、
友をなくすことになるのである。

弥彦は佐吉のつながれた牢にまで、
佐吉のわけを聞きにいっていたようだが、
佐吉は
「親父さんと子供をたのむ」
と、いったきり、もう、何もいわなかったという。

お千香は定次郎のたった一人の娘であり、
佐吉の両親はとっくにこの世の人でなくなっていたから、
残された子供の将来については定次郎を頼るしかない。
それはわからないでもないが、
女房を殺してしまう男が
子供のことを頼むも
親父さんを頼むもどの口をついてでるかと、
はらだたしい。

「ききたくねえ」
それ以来、定次郎は佐吉のことを聴こうとしなかった。
捕縛ののち、投獄。
仕置きの連日に裁きがきまってからも、
定次郎は佐吉の佐の字も口にしなかった。

お千香と佐吉の間にはなかなか、子が授からなかった。
そんなことでさえ、
「仲がよすぎると、子ができにくい」
定次郎は
お千香が愛されているものだと信じていた。

それがくつがえされ、
悲しい結末を受止める事しかなくなった今、
佐吉がお千香を殺すほどに
お千香を憎んだわけなど、知りたくはなかった。

お千香が哀れでしかない。

膝に抱いた孫をあやしながら
弥彦にかける言葉を捜していた
定次郎の眼の前で、弥彦が頭を下げた。

「親方。もう、俺はこれ以上・・・。嘘をついていきてゆけねえ」



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