定次郎の願いをしりながら、
お千香は佐吉と一緒になると決めた。
定次郎も
一人娘のお千香の言い分を
聞かぬわけにも行かず、
弥彦の気持を確かめる事も、
もはやおそいと、判ると
お千香がそれで幸せになるならと、
頭を下げる佐吉を許すしかなかった。
ところが、
この佐吉とお千香には、中々、子供が出来なかった。
「え?まだかい?
なあ、男の子なら俺のところにつれてこいよ。
しこんでやるよ」
定次郎の指物の腕は一級品である。
其の血を継いだ男の子を
自ら、仕込んでみたい。
その気持は良く判る。
が、
「おとっつあん。まだ、できてもない子供が
男の子かどうだか、わかるもんかね」
「うむ」
女子しか授からなかった定次郎である。
ましてや、ようやっとひとり。
子が出来にくい血筋なのかもしれない。
だとすれば、
お千香に孫をせくのも、
勝手すぎるというものであろうが、
跡をついで欲しいと思う子が女子であったばかりに、
諦念するしかなかった、定次郎であり、
さらにいえば、
弥彦ならと思った思いもかなわなかった、
定次郎である。
三度目の正直と、いうわけでもないが、
男の孫を期待する気持は
いっそう、深くなる。
定次郎のまだか、まだかがとどかぬのか、
佐吉のもとにとついで、
三年。
子無きは去る。
と、いう言われもある。
定次郎も今度はお千香の身が心配になってくる。
「でえじょうぶなのか?
佐吉にあいそをつかされてるんじゃねえだろうな」
子供が出来ないのではなく、
子供を作る行為自体がなくなってるのではないのだろうな?
お千香があわてて、
それも、ひどくほほを染めて
「そんなことはないよ・・昨日だって・・・」
と、密かな事実を口にしかけて、
はっと、気がついた。
「やだね。おとっつあん、なにをいわすんだよ」
聞くにつけても、野暮な事を聞いたものだと定次郎が
ほっと胸をなでおろすことになるのであるが、
今度は逆に
「なんだよ。仲がよすぎてもいけねえってきくがなあ」
と、やはり催促がましい言葉になる。
「あら?じゃあ、おとっつあんも
随分、仲がよすぎたんだね」
子供はようやっとお千香独りしか出来る暇が無かったようである。
一度だけは、子を設けるまぐわい事で、
あとのまぐわいは・・・。
「ばかやろう。親をからかうんじゃねえや」
定次郎の催促をうまくかわしてみせた
お千香は
それから、暫くして子をはらんだ。
それがうまれてみれば、
おなごの子である。
しばしは、孫かわいさで、
声を潜めていた定次郎であったが、
ふたとせの誕生をむかえると、
「次はまだ、できねえのか?
今度こそ男のこがいいの」
やはり、血筋の男の子に技をしこみたい思いを
捨てきれない定次郎であった。
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