憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

お登勢・・28

2022-12-18 12:37:54 | お登勢

徳冶を連れ出すと 大西屋は立ち話もなんだからと
一膳飯屋に入った。
昼真から、酒もなんだろうかとおもったが、
いける口かなとたずねれば、
徳治の云もあり、
大西屋は徳利ふたつと、 奴を前に
徳冶がお登勢さんの承知をもらう難しさを
話す事になった。
「まず、なにから、はなしてゆけば、よいかとおもうんだが・・・」
大西屋の口の重たさの裏側にあるものが、
なんであるか、わからないまま
徳冶の不安をあおる。
「ま・・まさかと、おもいますが・・。
お登勢ちゃんの身代になにかあったのが、
本当のことなのではないのですか?
もし、そうなら・・・お登勢ちゃんは今・・・・
どんな思いで・・・・」
お登勢は剛三郎の恣意にのみこまれてしまったのではないか?
だとすれば、
どんなに辛い思いでいることだろう。
徳冶は 先日、井筒屋を訪ねてきたお登勢ちゃんから
番頭が「晋太と兄妹」と、聞いたと聞かされている。
おそらく、この時に
晋太の家移りも聞いているお登勢ちゃんだろう。
木蔦屋を抜け出したお登勢ちゃんは
晋太を頼ったに決まっている。
晋太をといつめたところで、 晋太は妹をかくまい、
所在をかくそうとするだろう。
今なら、晋太の家にいけば、お登勢ちゃんがいるかもしれない。
だが・・。
なんといって、お登勢ちゃんをたずねればいい?
なぜ、ここにいるとおもったか?
出て行ったときいたからと答えれば、
それは、お登勢におこっただろう事件をも
知っているという事につながる。
女にとって、陵辱の事実をしられる程悲しいことはあるまい。
もっと、はやく、自分の気持ちをうちあけて
お登勢ちゃんの心を掴んでいれば、そんな事など気にするな。
犬にかまれたみたいなもんだ。
たいしたことじゃないと
いくらでも、お登勢ちゃんをなぐさめえただろう。
いや、それより以前に こんな事になる前に
お登勢ちゃんが俺を頼って相談しにきてくれただろう。
なにもかも、 戸惑って、出遅れた自分のせいでしかない。
自分の不甲斐なさをはがみする徳治に
大西屋は杯を押しやり、左手で徳利をもちあげた。
「お登勢さんは、無事だと思うのです。
何故、そう思うかと言う訳と・・・。
徳エ門さんがおっしゃるように・・。
お登勢さんと嫁に貰うを承知させる難しさが
同じ理由におもえるので・・。
はなしておこうとおもったのですよ」
お登勢を思いつめる男は、哀れである。
大西屋の一言、一言に びくりとまなこが動く。
「お登勢ちゃんには・・・
誰か・・・他に頼る人がいるということですか?」
誰か・・。頼る人。
それは無論、晋太のことではない。
お登勢ちゃんが思いを寄せている誰か。
その人の所に行ったから、お登勢ちゃんは無事?大丈夫?
そんな人がいるから、嫁に貰うのがむつかしい?
そんな徳冶の不安をよそに
大西屋はますます、言いあぐねる。
「頼る相手というのは・・・
井筒屋の奉公人の晋太さんしかいないでしょう?
そうでなくて・・・」
大西屋が晋太の名前をだしてきたので
徳冶は考え直していた。
『なんで? 俺は晋太の事は、まだ、誰にも話してない。
なのに、なんで・・・知っていなさる?』
残るは木蔦屋の女将であるが・・・。
と、なると、大西屋の言う
思い当たる行き先とはやはり、晋太のところかと
徳治は胸を撫で下ろした。
「これを、聞いたときには、私も
随分、びっくりしたんだけどね。
お登勢さんにそんな辛い通り越しがあったなんて、
とても信じられないほどのお登勢さんの明るさと
気丈さに、もっと、吃驚させられてね」
話そうとする大西屋の目の端に
もう既にしずくがのっていた。
不可思議な大西屋の涙に気が付かぬわけも無く。
徳治は、
「お登勢ちゃんの昔に・・・
いったい、なにがあったというのですか?
それが、嫁になるのに難しいと?
なにがあったとしても、
そんな、すんだことなどに拘る気など・・・ありません」
自分の気持ちだけをしっかりつげるしかなかった。
「いやいや・・・そうじゃないんだ。
まあ、順序だててうまくはなせなくて、申し訳ないが、
ちょっと、最後まで話をきいておくれ」
いささか、癇走って、推量じみた物言いをしたとわびる
徳治を まあまあといなしておいて、
「お登勢さんが木蔦屋に奉公に入った十年前、
姉川でなにがあったか、
徳冶さんもおぼえていなさろう?」
「ええ・・。
私はもう十四になっていました。
姉川の合戦のむごさは
伝え聞いております。
琵琶の湖に注ぐ姉川の水は赤く染まり
その川の流れに運ばれ、何百とも
何千ともいう屍が湖にたどりついたと・・・。
湖でさえそうであったなら、
戦いの陣であった、姉川は・・・
想像に絶するものがあったと・・・」
「うん。
私もその年の米の相場には随分泣かされたし、
姉川から、わずかに運び込まれた米も
血吸米だと気味悪がられて
いやというほど、かいたたかれたよ・・・」
それで、姉川の在のものであったお登勢と晋太が 戦禍をこうむり
奉公にだされることになったということであろうが・・・。
「そのときに、 お登勢さんは
ご両親と声をなくしたんだよ」
この時、徳冶が、え?と小さく声を上げたが
大西屋は構わず話し続けた。
「それもね・・・。
逃げ込んだ武者をかくまったと
父親は追っ手に切り殺され
母親は怒り狂った追っ手が・・・・。
まったく・・・気違い沙汰・・と、しか、いいようがない。
怒りにまかせ、母親を犯しただけでおさまらず
腹に・・刀を・・さしつらぬいて、 殺しちまったそうだ。
腹には子供がいたそうでな・・。
自分の敵をかばう奴は 腹の子だってゆるさない、
そんなみせしめだったんだろうけどな・・・。
きいても、むごい話をなあ・・・・。
八つのお登勢さんが縁の下ににげこんだまま、
一部始終、みていたんだよ。
そして・・・。
お登勢さんが縁の下から見つけ出されたときには
もう・・・、 口が・・・きけなくなっていたんだ」
告げられた事実があまりにも悲惨すぎて
徳冶はしばらく 目頭を手でおさえつけていた。
「お登勢ちゃんに・・・そんなことがあったんですね。
確かに、 今のお登勢ちゃんをみていたら、
そんなことがあったとは・・・。
私も信じられないお登勢ちゃんの明るさです。
ところで・・・。
そんな話を聞いた後になんですが、
私はさっき、ご両親をなくされたと聞いたとき
おかしいなと、思ったんです。
と、言うのも、お登勢ちゃんがうちの晋太と兄妹だと
きいていたものですから・・・。
ですが、晋太の所に二、三度、親御さんから
手紙がきていたことがあったのですよ・・・」
その手紙は誰か村長か寺の住職か
見識のある人間に頼んで書かれていたものであり、
染物の文字といろはくらいしか読めない晋太にかわり、
徳冶が読んでやったことがある。
だから、徳治はその文面からも晋太の親からのものだと
判っていたのである。
「つ・・まり・・・。
晋太は・・・お登勢ちゃんとは、
兄妹じゃないということなんですよね・・」
どこで、どう話が変わってお登勢さんと晋太さんが
兄妹と誤解されたか、わからないが、
実際には、兄妹以上、 今、お登勢が気を狂わせもせず、
気丈にいきこしているのも晋太のお陰といってもいい。
いわば、命の恩人のような晋太であるのだが、
お登勢を恋慕する人間にすれば、
深い事情を聞かされなければ
晋太の所になぜににげこむか?と、 曲がった詮索で
嫉妬とやっかみをもちかねない。
いま、まさに徳冶がそれに近かった。
こんな事の釈明にてまどっているばあいではないのだが、
大西屋は清次郎から聞いた話を
徳冶に話し聞かせた。



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