憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

お登勢・・27

2022-12-18 12:38:08 | お登勢

井筒屋に上がりこんだ男こと
米問屋。大西屋の隠居であるが、
親子みつどもえで雁首を並べられると、
さすがに立て板に水の如くには言葉が出てこない。
何処から、話してゆくかを順序だてていたはずだが、
良い知らせを待つ親子に
お登勢の出奔を告げるのが、いかにも残念である。
「大西屋さん・・・。いかがでしたか?」
うずうずと、尻が動くかのような息子徳冶を目の端に
置く事にこらえかねた井筒屋の主人・徳エ門が
口火を切った。
「それが・・・。
お登勢さんは木蔦屋を飛び出して、
行方がわからなくなっているんですよ」
まず事実を告げてから、
お登勢の深い事情を話してゆくしかないだろう。
お登勢の出奔を聞かされて
徳冶の表情は酷く、こわばったものになっていた。
「で・・・出て行ったって、
いったい?なんで?
何処に・・・」
お登勢を恋し、信じる男は
お登勢の出奔の窮地に手を差し伸べられなかったと
己を責める。
お登勢に何があったのか?
よほど、困り果てた末のことだろう?
あれだけ、木蔦屋で可愛がられていたお登勢が
木蔦屋を飛び出さなければ成らなくなっていた。
それも、知らずに
安気に、仲人などを立てた。
お登勢にすれば、それどころじゃなかったんだ。
「大西屋さん。お登勢ちゃんに何があったんです?
お登勢ちゃんは今、何処にいるんです」
問い詰める徳冶の顔が蒼白に成っている。
「う・・ん。
徳冶さん。心配なのは良くわかるが、
ちょっと、おちついて、話をきいてくれないかな?」
だいの男が取り乱す。その思いの熱さに
水を掛けてみても無駄だと思いながら
大西屋は徳冶にむきなおった。
「お登勢さんの声が戻ったのは、
徳冶さんからもきいていたことではあるのだが・・」
「ええ・・・」
「このたび、木蔦屋に行ってみて、
お登勢さんの声が戻ったわけが、わかったのですよ。
そして、そのわけが
お登勢さんを木蔦屋にいられなくさせたのですよ・・」
「声が戻ったわけ・・・?」
橋を渡るお登勢を追いかけて
土手を上がったとき
お登勢ちゃんはいつものように
明るい目の色をしていた。
木蔦屋をでてゆかなきゃならないような、
そんな、追い詰められたものは
徳冶にはかけらもかんじとれなかった。
むろん、これは、無理も無い話である。
この後にお登勢は剛三郎の
心の底をきかされることになったのである。
徳治が見かけたお登勢は
声が戻り、お登勢に悪さを仕掛ける人間も
もうちかよってこまい。
そう、安心もしていただろう。
そして、心配をかけていた晋太あんちゃんに
声が戻ったと、これから、告げに行く。
お登勢の心は浮き立ち弾んでいた最中であったのだから。
「お登勢ちゃんは随分うれしそうにみえたのですが・・・」
ふうむ?
と、大西屋はかすかに考え直した。
『と、いうことは・・・?
この時は、お登勢さんは、でてゆくつもりではなかったということか?
すると・・・。
このあと?
剛三郎になにかいわれたか?
されたか?
おい・・・。まさか・・・」
こりもせず、剛三郎が深夜にお登勢にしのびよった?
お登勢さんは・・・
それで、出奔の決心をかためた?
いや、それより・・。
お登勢さんは・・・無事だったのか?
剛三郎の恣意にのみこまれてしまったのか?
だが、いくら、何でも、
そうなりゃあ・・。
お登勢さんも叫ぶ・・だろう?
あ?
だが・・。
木蔦屋の女将に事実をしらせたくないお登勢さんなら、
むしろ・・・。
剛三郎がそれをたてにして、
お登勢さんに目を瞑って観念しろと脅かすことだってありえる。
おい・・。
どうなっちまってるんだ?
新しい事実に一瞬、大西屋は戸惑い、ゆすぶられたが、
まずは、
お登勢さんの出奔のわけを話さなきゃ成らないと
膝をなおした。
「徳冶さん。そのことは、また、ちょっと、後にしましょう。
徳冶さんには、別に話したいこともありますから・・そのときにということで・・」
話をもどすと、
大西屋は一気に事実を告げる事にした。
「実は、木蔦屋で夜這いがあったのですよ。
男がお登勢さんの部屋に忍び込み
あわやというときに
お登勢さんが声を上げ叫んだんです。
男はそれで、にげだしていったので、
お登勢さんは無事だったのですが・・・・」
「え?」
徳冶の顔色が怒りの色に変わる、と、同時に
「それで、お登勢ちゃんの声が戻ったということなのですね?
そんなところに・・・
お登勢ちゃんをおいておくわけにゃあいかない。
出て行って、正解です」
お登勢をかばいとれる自分でなかった悔しさが
言下にしきつめられていた。
徳冶はこの場を頓挫して
直ぐにでも 晋太に聞き及びたい。
『お登勢ちゃんは、お前のところに
きていないのか?』
だが、大西屋の隠居が言う。
「徳冶さん。そりゃあ、あなたにすれば、
簡単にそう、いいきれることでしょうが・・・」
徳冶から徳エ門夫婦にむきなおると、
「お登勢さんは随分小さい時に
木蔦屋に引き取られたわけですから、
木蔦屋には、深い恩義があるはずでしょう。
それが、夜這い如きで
木蔦屋を飛び出したと聞けば、
お登勢さんを嫁に迎えることが不安になる。
辛いことがあったら、
困ったことがあったら
それを解決しようとしないで
お登勢さんは息子をほうりすてて、
にげだしてしまうんじゃないか?
そんなお登勢さんを嫁にむかえてもいいものだろうか?
そう、考えるでしょう?
でも、これが、息子を思う親心というものですよね?」
大西屋のいう事はもっともなことであり
徳エ門の側に黙って座っていた妻女の
お多喜が微かにうなづいた。
「ですから、
お登勢さんがでてゆかざるを得なかったわけを
判ってもらわなければならないと思いますし、
この先、お登勢さんを見つけだして
縁組が整ったあとでも、
このことが、ご両親の不安の種として、
心の隅に残るのでは、お登勢さんが気の毒ですから・・」
と、前置きして
大西屋が剛三郎の仕業であることを話そうとした。
ところが、徳エ門が
「いや。皆までいいますまいな。
私にはおよその察しがつきます。
木蔦屋のお芳さんは
お登勢さんの事は実の子供のように
目をかけていらした。
お登勢さんもお芳さんを母親のように慕っていた。
それは、傍目から見ていても、良くわかっていることです。
ですから、恩を仇でかえすようなことを
お登勢さんがするわけがない。
夜這いなど、ましてや、未遂であるなら、
お登勢さんなら、
木蔦屋にとって、良い方向で解決するように、
お芳さんに進言なさるでしょう?
ところが、それができない・・・。
お登勢さんの部屋に忍び込んだ男の正体が
問題なのでしょう?
つまり・・・。
木蔦屋夫婦は、仲の良い夫婦ですからね・・・」
夫を疑うことも知らないほど仲の良い夫婦を、
お芳の信頼を、
こわしたくないから
お登勢さんは出て行ったんですねと
暗黙に含ませ、
徳エ門が
夜這いの正体にも、お登勢が出て行った心底にも、
思い当たるといっていた。
「私は、徳治がお登勢さんの名前を出してきたとき
非常にうれしかったんですよ。
確かに徳冶が心配していた通り、
喋れないということは、うちの商いには、
不向きです。
ですが、お登勢さんなら・・・。
小さな時から、お芳さんに連れられて、
此処にきていましたし、
長じては、ひとりででも、使いに来てました。
そのお登勢さんの気配りといいましょうかねえ。
声がだせないぶん、
常ににこやかにふるまう。
暖簾をくぐるときも
ゆっくりと頭を下げてね。
心のうちで「はいりますよ」
そう声をかけているんですよ。
思いから、発するものは、見ていて判ります。
態度に全てあらわれてくるものですから。
そんな娘さんだから、
私は口が利けようが、きけまいが、そんなことなど
どっちでも良いことだったんですよ。
そのお登勢さんを嫁に貰ってくれと
徳冶が言い出してきたときは、内心で
徳冶の目の高さをほめてやったくらいなんですよ」
だから、
お登勢の出奔について、
お登勢を妙に疑ることは無いと徳エ門は笑った。
「それよりも、
むしろ、徳冶なんかの嫁になることを承知してくれるか、
そっちのほうが心配です」
お登勢を是非とも、嫁に貰う所存であると きかされれば、
大西屋も、もう、これ以上、告げることは無い。
「そういってくださるなら、
お登勢さんの行方に思い当たるところもありますので、
私も、乗りかかった船という事で
お登勢さんをさがしたいとおもっておりますが・・・。
何よりも、徳冶さん自らが
お登勢さんを探すことが
お登勢さんの首を縦にふらせれるんじゃないか?と、
おもうんですよ。
で、その事に関して、もう少し
話しておきたいことがあるので・・
徳冶さんをちょっとおかりできますかね?」
本人の徳冶が、うなづくのは
大西屋の
『お登勢さんのゆくえに思い当たるところがある』
と、いう言葉が大きい。
お多喜も徳エ門の言い分に安堵したのだろう、
今度は不安も見せず
徳エ門の側で
徳エ門と一緒にうなづいていた。



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