憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

お登勢・・26

2022-12-18 12:38:21 | お登勢

「ああ。やっぱり、おまえさんも
本当は店の中の誰かだとおもっていたんだね」
じゃあ・・・。
本当は剛三郎も何もかも承知だったんだ。
お登勢が男をかばってやったことを見抜いて、
ああ、ああ。
それで、お登勢の好きなようにさせてやれって・・・。
「なんだよ?
その男もそういってたのか?
店の中のものだって?」
「そうだよ。
そして、お登勢の事も
その夜這いの男の事をよくよく、かんがえてやったんだ、って。
その男にだって、生活があるだろうし・・。
女房もいるだろう。
こんなことが主人にあからさまになっちゃあ、
男が路頭に迷う。
女房さんの信用も無くし、夫婦がばらばらになったあげく、
たっきの道が無くなる。
一人の男の人生を潰しちゃ行けない。
自分が出てゆくことで男も改心してくれるだろうって、
男をかばうために理由もいわず
黙ってでてゆく恩知らずを装うしかなかったんだろうって
だから、女将さんはそれが誰か判っても
といつめちゃあいけないよって、ねえ。
そこまで、いってくれるんだ。
縁談の話は無論、
お登勢を探すって事も本当だよ。
探しだして、必ず話を纏めて知らせにくるって
そういってくれたんだよ」
「なるほどな」
と、剛三郎はお芳にうなづいて見せた。
だが、
お芳の言うとおりの意味で得心したわけではない。
剛三郎が取り繕った和やかな表情とは
まったく裏腹の怒りが剛三郎の胸中に渦巻いている。
『探し出してみせる?
とっくの昔にそいつは
お登勢の居所なんか、判ってらあ』
お登勢こそが、その男に
夜這いが誰であったかは、もとより
茶屋の奥の間で、剛三郎が告げたことも
話しているのだ。
そして、男はわざわざ、此処に来て
お登勢にちょっかいを出すなと
牽制をかけたんだ。
「女房さんの信用も無くし、夫婦がばらばらになったあげく、
たっきの道が無くなる。
一人の男の人生を潰しちゃ行けない」
などと、遠まわしに
俺のことを例えて見せて、
おどしをかけているのだ。
剛三郎の怒りは此処にきわまる。
『姑息な真似をしやがって・・・
育ててもらった恩を忘れ
果てには、おどしかよ?
え?
好いた男がいるなら、居るで
はっきりいえばいいじゃないか。
俺だって、それがわかりゃあ、無茶はいいやしない。
え?それにしたって、どうだい?
今までの恩をかんがえてみりゃあ、
黙って、一度や二度のなし崩しを堪えるのが
筋じゃねえか?
それを、大儀面をさげて、
恩あるご主人様に意見するってかい?
え?お登勢・・・。
おめええ、随分、偉くなったもんじゃないか?」
得手勝手な剛三郎の怒りに見えるかもしれない。
だが、
確かに、
剛三郎の言うように、男がお登勢の差し金であるならば
奉公人、そして、育ててもらった恩。
これを考えれば
お登勢は己の分を過ぎているといえる。
剛三郎が納得したものと思い込んだ
お芳の話はまだ続く。
「それでね・・。
あたしはおまえさんに勝手にすまないと思ったけど・・・。
その人にお登勢を見つけて
縁談がまとまるなら、
お登勢の嫁入りしたくはうちでさせてもらうって、
いっちまったんだ。
ねえ、お前さん・・・そりゃあ、かまわないよねえ?」
「あ、ああ。
そりゃあ、むしろ、こっちが、やらなきゃならないだろう」
剛三郎は腹の中で怒りつづけたまま
『このままで、すませはしない』
と、考えている。
このままでは、済ませない。
と、いうは、お登勢が何処かの嫁に納まるのを、
そのまま、指をくわえてみていはしない、と、いう事である。
男のその気を煽るだけ、煽っておいて
男が大人しくあきらめるわけが無い。
剛三郎は思いをはたす策を
お芳の提言に見出していた。
お登勢の居所がわかったとして、
剛三郎がお登勢をもう一度どこかに誘い出すのは
不可能だろう。
お登勢も用心して、でてきはしない。
だが・・。
大義名分というものがある。
お芳という存在もお登勢には泣きところである。
「だいたいな。長年此処にいたお登勢が
黙って此処を飛び出したなんてのが、
人の耳に入ったら、どう噂されるか。
ろくでもないことをいわれたら、
商にも、かかわってくる。
そうこうしてるうちに
どこかの大店の嫁に入ったって、ことになる。
木蔦屋の子飼いからの奉公人が飛び出して
あげく、嫁に行っても
その嫁ぎ先とは疎遠で、
木蔦屋はそ知らぬ顔をしている。
こうおもわれちゃあ、こりゃあ、良くない。
俺は今度は逆にお登勢を子供養子になおした上で、
木蔦屋の娘として
此処から嫁にだしてやるべきだとおもうんだ。
だから・・。
お登勢が見つかったら、
此処に戻らせて、此処からだしてやればいい。
いや、そうしなきゃ、
木蔦屋の外聞にかかわるとおもうんだ」
嫁ぐまでのほんの少しでいい、
戻ってきてくれと
お芳に頭を下げさせれば、
お登勢は戻ってくるだろう。
そして、
お登勢がここにもどってくれば・・。
ほんのちょっと、
剛三郎の思いをうけとめるだけで、
あとは、お登勢の自由勝手になる。
『こんなことくらいで
長年の恩をかえすことができたんだ。
易いもんだろ』
手中に収めたお登勢を夢想しながら
剛三郎はお登勢を宥める言葉を胸の中にねじこんでいた。

剛三郎の提案にお芳は
深々と頭を下げた。
「おまえさん。
有難う。本当に有難う。
いつも、あたしは、おまえさんを後にして、
あたしの勝手で決め事をつくっちまうというのに、
いつも、おまえさんは、怒りもせず、あたしの味方になって、
後押ししてくれる。
有り難いと思ってるよ」
頭を下げたお芳を見つめる剛三郎に去来するものがある。
『俺は・・・
そんなおまえを、どこかで疎んじてるんだと思う。
いつも、いつも、お前の言うとおり。
そして・・・。
俺に従順だと思ったお登勢も
結局、お前と同じ。
なにひとつ・・・。
俺の思い通りにゃあ、なりゃあしない・・・』
女房を牛耳切れない男の鬱積は
お登勢を囲うことで、晴らされて行くはずだった。
剛三郎が望んだ一縷さえ、手に入らないと、わかった今、
空を切った望みは捨てるしかない。
捨てるに、諦めるに、
一度、抜いた刀の猛りは
人肌の柔らかさでぬぐうしかない。
一縷と思った分だけ、諦めきれない猛りが
剛三郎をがんじがらめにし、
お芳への後ろめたさを
お芳への不満にすりかえさせていた。
「それでも、ねえ?おまえさん。
そうまでいってくれるなら、
やっぱり、
うちのほうでも、お登勢を探さなきゃ、
こりゃあ、おかしいんじゃないのかね?」
お芳は剛三郎とは違い
お登勢が頼るあても無くひとりぼっちで、
どこかにいると思い込んでいる。
お芳の思うままにあわせ
ふと気がついた振りをして見せた。
「お登勢は
きっと、住み込み奉公先を探すに違いないと思うんだ。
口入れ屋をあたってみるとか・・。
例えば、繁華な場所の飯屋とか・・。
忙しげで猫の手もかりたいってとこなら、
お登勢の器量も手伝って、直ぐに話がきまるんじゃないか?
仕立て屋なんぞに、行けば
直ぐに木蔦屋のお登勢だってわれちまうし、
針と糸には、かかわらないきがするな」
「ああ・・。
そうか。そうだね。
お登勢はもう、口がきけるようになってるんだ。
自分で口入れ屋にいって、奉公先を見つける事だって
できるよね・・。
どうも・・。
あたしは、お登勢が此処に来た八つの時みたいに、
行くあての無い、
どうにもしょうがない、お登勢とおもいこんでしまうよ」
いいながら、
お芳は
お登勢を此処に連れてきた清次郎のことも思いかえさせられていた。
自分も清次郎をたずねてみよう。
そして、口入れ屋もたずねてみようし、
飯屋は、もとより・・
仕立て屋にも念を入れてみようと
考えなおしていた。



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