少年は東京駅から列車に乗る 十数時間後に姫路駅に着いた 少女がやさしく出迎える
少年は少女の家に泊めてもらった 少女の母が少年の母に 電話で「無事に着いた」と報告する
次の日 少年と少女は姫路城を見に行った 木や草に夏の薫りがただよう 麗しい城
天守閣に登ると 汗がにじんだ肌を そよ風が心地よく撫でていく
帰宅すると 少女はピアノを弾く つっかえつっかえだが 「乙女の祈り」を
これは彼のために弾いているのか 彼女自身のために弾いているのか 真心だけが伝わってくる
少女と御両親と幼い弟と 5人で夕げの卓につく 明日はどこへ行こうかと 話しが弾む
小豆島は少し遠いから 六甲山にすればと御両親が言う 少年と少女はうなずいた
翌日 二人は幼い弟と一緒に 姫路駅から電車に乗り 六甲山へと向かう
ジリジリと照りつける陽光 帽子をかぶっていても 目がくらむようだ
ケーブルカーを降りてから 六甲の山裾を散歩する 少年は少し夏風邪をひいていた
少女と幼い弟は元気良く あちらこちらへそぞろ歩く 暑さと疲れで少年は不機嫌になった
少女はそれを見咎めて 「疲れたんでしょう」と声をかけたが 少年は押し黙っている
帰りの電車は満員だ 座れなくて仏頂面の少年を見て 少女は心を痛めて思う
「どうして彼は 不機嫌な顔をしているのかしら 私の“せい”かしら」と
次の日 少年は風邪と多少の疲れで 少女と出かけることを断った つまらなそうな彼女
ゴッホ展の絵は素晴らしかったとか 「アンナ・カレーニナ」は面白くなかったとか
色々なことを言っては 少年の気持をとらえようと 少女は心を砕く
しかし 彼は相変わらず ふて腐れた様子だ 彼女は悲しくなって部屋を出た
すると 少年は独りで家を出る 近くの小高い丘に登った セミの声がやかましい
少女の家が眼下に見える 彼女は今どうしているだろうかと 彼は想うが詮方ない
夏草の生い茂る小道を 少年はあてどもなくさ迷う やがて夕暮れが近づくと 彼は丘を下りた
翌日の朝 少年は少女と御両親に言った 「もう帰らないと 親に叱られる」
しかし 三人は「ゆっくりしていって」と言う 少年は迷い悩んだ このまま居たいけれど
でも帰らなければならない・・・どうしようか 少年と少女は二人きりになった
「なぜ急いで帰るの?」彼女は咎めるように言う ベッドに身体を横たえて
ぎごちない仕草で 悩ましげな視線を彼に送る 少年は動揺し身体が“熱く”なった
次の日 少年は帰宅することを決めた 「あなたは一度言い出すと聞かないのね」
少女が諦めた表情でつぶやく 少年は帰り支度を始めた 後ろ髪を引かれる思い
だが 帰らなければならない 少年は無口になった お父さんと少女が彼に付きそう
三人は姫路駅に着いた 列車が来るあいだ 少年と少女は口を利かなかった
やがて 待ったなしで列車がホームに入ってきた 少年は車内に乗り込む
急に 別れが辛く感じられる 少年は窓を開けて少女を見つめる 何も語れない列車が動き出す スピードが上がっていくと 少年は窓から身を乗り出して手を振った
少女も手を振る 二人は互いの姿が見えなくなるまで 手を振り合った
椅子に腰かけると 少年は虚しい気持に襲われた 心にぽっかりと穴が空いたよう・・・
車窓から漫然と景色を眺めるが 心に浮かんでくるのは 少女の面影だけ
やがて 激しい“悔恨”が少年の心を苛む なぜ お前は彼女にやさしくしてあげなかったのか!
彼は重苦しい気持で一杯になった この償いをしなければならない 必ずこの償いを
列車が姫路から遠のくほど 少女の幻影が追いかけてくる 少年はその影に押しつぶされた
彼から時間の意識が失われ 十数時間はあっという間に過ぎる いつの間にか列車は東京駅に着いた
(2007年8月8日)