山の天気予報

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猪熊隆之の観天望気講座109

2018-05-27 19:18:55 | 観天望気

今回は、4月14日(土)~15日(日)にかけて八方尾根・栂池高原で行われた空見ハイキングの際に見られた雲の変化と、現場での天候判断と天候が悪化する中でのリスクマネジメントについて2回に分けてお話ししていきます。初回は4月14日(土)の状況についてです。

集合時間(昼頃)よりも大分早く白馬村に到着したので、午前中からの雲の変化について見ていきます。通常、低気圧や温暖前線が接近してくるときは、巻雲(けんうん、別称すじ雲)→巻層雲(けんそううん、別称うす雲)→高層雲(こうそううん、別称おぼろ雲)という雲の変化をしていくことが多いですが((雲から山の天気を学ぼう第7回 https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/e/419fc9086231937815696eb341e18773)、時々、巻雲→巻積雲、巻層雲→巻積雲といった変化をすることがあります。巻積雲は、上空高い所の狭い範囲で上下の密度差や温度差が大きいときにできます(観天望気講座103回https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/e/bde8b7d9880a9c60757451375a388ef3)。ジェット気流に伴って発生したり、上空の前線帯によってできることもあります。巻層雲よりも大気の乱れが大きいときにできるので、発達した低気圧が接近したり、台風が日本の南海上にあるときにもできたりします。

したがって、低気圧が接近してきているときに、巻積雲が広がるときはその後の天候変化に要注意です。

写真1 蓮華岳~北葛岳上空のうろこ雲(巻積雲)

図1 4月14日6時の地上天気図(気象庁提供)

実際、この日の朝の天気図で確認すると、高気圧が日本の東海上に抜けつつあり、東シナ海と中国東北地方に低気圧があり、それぞれ東進している状況でした。気圧の谷が深く、これらの低気圧が発達しながら接近してくる状況の中で、雲も刻々と変化していきます。巻積雲は消えていきましたが、巻層雲とレンズ状高積雲が広がっていきました。

写真2 巻層雲とレンズ状高積雲が広がる西の空

上の写真は白馬村から西方の五龍岳方面の後立山連峰を見たものです。北アルプスの山並みの上方、あるいは奥に灰色のレンズ状の雲(緑色の線で囲んだ部分)があります。このようにレンズ状の雲は、上空の風が強く、その高度に湿った空気が入り始めていることを表しており、稜線上は既に強風が吹いていくことが推測されます。レンズ雲については、観天望気講座29 https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/e/705ac0a0d37fd2ef29cbb9c91cbc7349 に詳しく書かれていますので、参考にしてください。

写真3 写真2の60分後の状況

写真3は、写真2から60分経過した状態の空です。レンズ状高積雲は厚みを増し、さらにその雲より低い雲が稜線すれすれに出現してきています。湿った空気が上空から次第に高度を下げてきている証拠です。このようなとき、天気は高い確率で崩れていきます。

今回のツアーでは昼頃、白馬駅に集合して午後、八方尾根をハイキングをする予定だったので、天候が悪化する中のハイキングとなります。このように天候悪化が空の状況や、天気図から予想されるときは、しっかりとリスクマネジメントをしていきます。その際に重要なのは、タイムリミット(何時までに●●まで到着しなければ引き返す)を設定(その時間を過ぎたら●●から引き返すこと。1か所とは限らず、複数個所設定することが多い)し、天気が悪化した際の引き返しポイント(そこから先、進んでしまうと荒天時に引き返すことが困難な場所)を決定します。また、天気図から南風が強まることが想定できたので、風を避けられる休憩場所について考えることも重要です(落雷が予想される場合は、落雷のリスクが少ない場所を事前に想定してそこに逃げる)。詳細は、「山の天気にだまされるな(山と渓谷社)」第5章に記載されています。

さて、ゴンドラやリフトを乗り継ぎ、黒菱湿原に到着すると、雲の状況がさらに変化していきます。

写真4 白馬三山上空の波状高層雲(はじょうこうそううん)

低気圧が接近してくるときに出現する雲の第三段階、高層雲(こうそううん、別名おぼろ雲)に空が覆われていきました。高層雲が薄いときは太陽がおぼろげに透けて見えますが、今回は完全に太陽が隠れているので、雨が近いことを示しています。さらに、高層雲には縞模様があります。これは波状雲(はじょうくも)と呼び、空気が波のようにうねることでできる雲です。詳細は観天望気講座104 https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/e/aacf74d5655eb3aa18757eaae0cc8f00 をご参照ください。波状高層雲が現れるときは、通常高層雲のときより天気が大きく崩れる傾向があり、天候判断をより慎重にする必要があります。

そこで、このときは、周囲に樹林がなく、開けた尾根上にある八方池山荘で風が平均10m/sを越え、雨が降り出した場合には、八方池山荘から下るハイキングにするなどの代替案を考えていました。幸い、八方池山荘出発時には雨は降っておらず、風も平均5m/s前後だったので出発を決定。上記の2つの条件に達した時点で引き返すことにしました。

写真5 上空の大気が乱れてきたときにできる雲

一方、南側を見ると、後立山連峰(高い山脈)の風下側にも波打ったような、やや複雑な雲が現れています。これは山脈を吹き降ろす風と、波を打っている空気、さらに雲の中で降水粒子が生まれ始めて起きる下降流などが複雑に混じりあって、空気が乱れていることを表しており、これがさらに発達すると、翌日現れるアスペリタス波状雲(観天望気講座108 https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/c/c83bcf8b4281ada6add297628f72d77c)になっていきます。

そしてその奥の松本盆地方面は雲が薄い晴天域が広がっています。なぜ、ここで晴れているかと言うと、今回の気圧配置(図1)では等圧線の向きから南風が吹くことが想定されます。松本盆地の南側には中央アルプスなどの高い山があり、そこを越えて風が吹き降りるフェーン現象となって、気温が上昇し、空気は乾燥していくため、雲は弱まっていきます。 

図2 松本盆地で雲が少ない理由

また、八方尾根では写真の通り、南側が開けているので、南風のときには風が強まりやすい傾向があるので、登山前の予想天気図から等圧線の間隔を確認することが必要です。

図3 北アルプス周辺の地図。八方尾根では南風が強まりやすいことが分かる。

目安として、東京/名古屋の距離よりも自分が登る山の付近で線と線の間隔が狭いときは、開けた場所では平均10m/sを越える風となる可能性があり、低体温症や転滑落、テントの設営に留意する必要があります。

図3は、この日の午後の予想天気図です。図1と比べて北アルプス周辺では等圧線が込み合っています。このようなときは、風が強まっていく一方なので、引き返しポイントでの判断をより慎重にする必要があります。

図3 14日の15時の地上気圧+降水予想図。この日は等圧線の間隔が西から狭くなっていく気圧配置が予想されていた。

山の天気予報「専門・高層天気図」https://i.yamatenki.co.jp/ より 

八方池山荘付近ではそれほど風が強まらなかったものの、第2ケルン付近から風が強まってきました。これは、それまでは南側にある遠見尾根より標高が低く、風が遮られていたのが、遠見尾根と同程度の高度になることで風を遮るものが少なくなったことが理由です。このことは、天気図から南風になることを想定し、地図から確認すればわかることでありましたので、誰でも事前に想定できることです。また、第2ケルンにはトイレがあるので(この時期使用不可)、建物の影で風を避けられます。強風時はここで防風、防寒対策を万全にして、進退の判断を慎重におこないましょう。

幸い、風は8~9m/s位で雨も降りだしていなかったこと、今後も急激な天候悪化や落雷の恐れはないこと、目的地の八方池は窪地状の地形になっており、風を避けられること。さらに、予定通りのスピードで進んでおり、参加者の体調も問題なかったこと、八方池までタイムリミットとしていた時間までに到着できる可能性が高いことなどから前進を決定。ただし、お一人は体調が悪かったので、自発的にここでツェルトを張って待機することになりました。

第2ケルンのすぐ上にはやや傾斜のある斜面があり、大量の降雪後は雪崩のリスクがありますが、そうでない場合は、尾根の風下に入るため、南風のときは風を避けられる貴重な場所にもなります。つまり、今回のルートで風が避けられる場所は、

1. 第2ケルンのトイレ

2. 第2ケルン上の斜面

3. 八方池

特に3の八方池は窪地でもあり、尾根上にいるよりは落雷のリスクも下げられます。こうしたルート上の安全地帯は、事前に地図やガイドブックで確認しておきましょう。ただし、風向によって、風が避けられる場所は変わってくるので、風向きを予想天気図や、ヤマテンの予報で確認する必要があります。

さて、斜面を登り切り、尾根上に出ると、本日のルートでもっとも風が強くなりました。平均風速10m/s前後。ただし、体のバランスを崩すレベルではなく、八方池まであとわずかなことから前進を続けます。雨も幸い持ちました。白馬三山や五龍岳、鹿島槍など周囲の山もガスに覆われることなく、見渡せます。目的に無事到着し、雪の上に寝転がって空見を満喫した後、下山。雨とのおいかっけっこです。

それまで写真4や写真5のように波状で濃淡のある雲が見られましたが、それが真っ白で濃淡のない雲に変わりました。一瞬のできごとです。 

写真6  濃淡がなくなり、真っ白になった空

写真7 雲が湧き始めた五龍~鹿島槍の稜線

さらに、それまで綺麗に見えていた稜線で雲が出現してきました。五龍岳と鹿島槍ヶ岳の間の標高の低い部分に、西側からの湿った空気が流れ込んできたためです。こうなると、雨はすぐそこまで来ています。実際、その直後に雨が降り出しました。逃げるように下山をし、無事、ゴンドラ駅に到着しました。

写真8 風下側の妙高山塊、雨飾方面はまだ晴れている

一方、風下側の妙高、雨飾方面はまだ晴れていました。風下側の日本海に近い山岳ほど、南風のときは天気の崩れが遅れます。 

文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)

※図、写真、文章の無断転載、転用、複写は禁じる。

次回は6月16日(土)~17日(日)の入笠山での空見ハイキングです。

スズランやコナシの花咲く入笠湿原を抜けて大展望の入笠山で観天望気をおこないます。

食事に定評のあるマナスル山荘での宿泊も楽しみ。ご一緒できることを楽しみにしています!

http://www.maitabi.jp/parts/detail.php?course_no=15169

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