では「はやぶさ」のどこがすごかったのか。
- 火星の外側から楕円形の軌道で太陽の周りを公転している「イトカワ」までの距離は地球から3億キロもある。その小惑星に到達し、地表に着陸(タッチダウン)してサンプルを持ち帰るという世界初のミッションを達成したこと。 NASAは、小惑星を周回して大気中のサンプルを採集して帰還した例はあるが、タッチダウンして地球に戻るというのは、「ハイリスク・ハイリターン」であり、近年は“off the shelf ”テクノロジーで成功が確実なプロジェクトが中心だったNASAがしり込みする挑戦的なプロジェクトだった。
直径わずか530mの小惑星「イトカワ」の上空20キロで静止軌道にのり「ランデブー」するだけでも、その航行精度は「日本から2万キロ離れたブラジルのサンパウロ上空を飛んでいる5ミリの虫に弾を命中させる」くらいのものが求められるという。 そのイトカワに着陸して、地面のサンプルを持ち帰るということの困難さのため、世界からはまず無理だろうと思われていた。
- キセノンガスに電流を流しプラズマ化して噴射するイオンエンジンで合計60億キロ以上航行したという快挙。 惑星間航行でイオンエンジンの有効性を証明し、今後の開発のベースを確立できたことは、世界的な評価を受けているという。
固体燃料の10倍の燃費を稼げるイオンエンジンだが、「はやぶさ」の直径10cmという小さなイオンエンジンの出力は、地球上で一円玉をやっと持ち上げるほどでしかない。それを徐々に加速していき、地球の引力を利用した「スイングバイ」によって、秒速34キロメートルにまで加速できるというから驚きだ。 はやぶさの4機のイオンエンジンも、最後にはすべて運転が不能になり、2つのエンジンの噴射部と中和部を繋げるバイパス回路でなんとか一機のエンジンを稼動し、帰還を果たした。
2009年11月にすべてのエンジンが停止した事態以上に最大の困難だったのは、タッチダウンでの弾丸発射不発によるサンプル回収失敗ではなく、その直後に「はやぶさ」が姿勢制御不能に陥り、通信が途絶えたときだった(2006年冬)。 姿勢制御装置「リアクションホイール」の故障を補っていた12個の小型スラスターが燃料漏れで使えなくなり、「はやぶさ」が姿勢と軌道を保てず、宇宙空間を彷徨い始めた。 まさに絶対絶命で「運行中止」の決定が下ることが危惧される状態だったが、「通信が回復する(条件が整う)可能性は60~70%とある」とあきらめることなく、来る日も来る日も、10秒以下の短い電波で「はやぶさ」に呼びかけ続けた。回転し続けているであろう機体の固定されたソーラーパネルが太陽に向き、リチウムイオン電池が充電されて、電波に反応するチャンスにわずかの望みをかけながら。
46日後に、通信が回復した、との連絡を著者はフロリダで受け、講演をキャンセルして飛ぶように帰国した。そのとき、機体はイトカワから1万3000キロも離れて「ぽつん」と漂っていた。
姿勢制御のために、キセノンの生ガスを噴射する緊急の策も、ガス欠の危険からずっと続けるわけにはいかず、その代わりに使われたのが、太陽光の粒子性を利用した「太陽光圧」による姿勢制御だという。光に波と粒子の性質が両方あるとは知っていても、探査機の姿勢制御に利用できるとは驚きだ。(ところで、最初にビックリするのは「はやぶさ」の小さいこと。せいぜい1.4m四方の箱型のボディで、重さは500キロしかない。長さ2mほどのソーラーパネルを両翼に広げて、イオンエンジンをプラズマ化する電力を得るが、それでも最大2kW程度のパワーに過ぎない。)
無事、地球帰還の軌道に乗り、大気圏を突入前にカプセルを切り離し、はやぶさは2010年6月13日の午後10時50分過ぎ、オーストラリアの上空で満月の2倍の明るさ(マイナス12等級)で燃え尽きていった。最後に大きな火球になったのは、残っていたキセノンガス燃料が燃えたものらしい。そして、燃え尽きた母体の下方を赤く輝きながら視界から遠ざかっていったカプセルは、スペースシャトルの突入よりはるかに高い熱と減速Gを受けながらも、無傷でウーメラ砂漠の予定地点にほぼどんぴしゃで着地した。
このときの映像はYouTubeなどにも色々上がっているが、いくつかの映像を集めたものがある。 最初の大学の宇宙研究者たちが撮影したものは、これを見つけたときの歓声と「おかえり~」という言葉が印象的である。 最後のNASAのカメラの映像は、青紫の火球となって光るはやぶさの神秘的なまでの美しい輝きをとらえている。
<!-- Hayabusa reentry -->
JAXA相模原キャンパスに持ち帰られたカプセルからは、イトカワ由来の貴重な粒子が発見された。 地球などの大きな惑星は、内部は圧力でドロドロに解けている熱球であるため、太陽系創生当時の物質の組成などはわからず、イトカワのような小惑星がどのような成分でできているかを知ることは、貴重な科学資料であるそうだ。また、「はやぶさ」の撮影した写真やスペクトル分析で、イトカワは、これまでNASAなどが探索したより大型の直径10キロほどのクレーターに覆われた小惑星とは全く違う岩だらけの姿をしており、その内部は40%ほどが空洞であるという。
川口教授は、本書で「はやぶさ」のことを、「君」と呼んでいる。「どうして、そうまでして「君」は、われわれの指令に答えてくれるのか」というふうに。 以前、NASAのボイジャー計画に携わった佐治先生も、「太陽系を出た「彼」はもう目は見えないが、耳は聞こえる」とおっしゃっていた。 自らの体は焼き尽くされて塵と消えても、まるで自分の子のようにカプセルを地球に無事戻した「はやぶさ」は、プロジェクトチームにとっては、自分たちが生んで育てた「子」であった。満身創痍になりながらも、最後まで地球からの指令に答えて、カプセルを守り続けて帰還した「はやぶさ」の物語は、人間の生き方にも似て、読むものの心に強く響くドラマに満ちている。 興味をもたれたら、是非読まれることをお薦めしたい。