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中国人作家の芥川賞受賞作を読む

2008-08-13 | 読書(芸術、文学、歴史)
著者は、22歳で日本に移住した中国人の女性。受賞作「時が滲む朝」は、天安門事件にも関係する題材であるからして、北京五輪の開催真っ只中であるこの時期の受賞は、なにやら商業的な話題作りと感じられなくもない。 

小説のストーリーは、中国の西北部の田舎出身の幼馴染2人が、難関の大学入試を突破し、秦都(今の咸陽市、かつての西安)大学に共に入学し、奇しくも1年生で天安門事件に連なる民主化運動に地元で身を投じるという筋立て。秦都大学の運動を指揮するハイカラな先生や、親友の2人が共に憧れる「葡萄のような瞳を持つ」女子学生の活動家が登場し、天安門事件と同時に全国の学生運動が押さえ込まれるるとアメリカに亡命するが、この美人女子学生は、実際に北京で活動のリーダーだった紫玲がモデルではないかと想像させたりする。 2人は、民主化運動の夢破れ、居酒屋で酔って乱闘騒ぎを起こし、たった3ヶ月で退学になってしまう。その後、主人公の一人は、残留孤児二世の日本人娘と結婚して、日本に移り住む。日本で妻と2児の所帯を持ち、中国語を生かして会社でも定職を得て生活も安定していく主人公だが、東京の中国民主化組織に属して集会に欠かさず出席し、祖国で選挙による政党制やアメリカ張りの民主主義の実現を支援しようとする。 しかし、その受け皿になるはずの本国に残った親友は、デザイン会社を興し成功。資本主義を取り入れて経済成長を遂げていく現実の中国と、主人公の理想の溝は深まるばかり。 そして、アメリカからフランスに亡命したハイカラ先生と、憧れだった女性活動家に11年ぶりに東京で邂逅することになるのだが、、、。 フランス人と結婚した彼女は、青い目の息子を連れ、毛皮のコートを着て現われる。

著者の楊逸は、64年ハルピン生まれで、87年に日本に留学しており、天安門事件の際に、直接活動に関わってはいない。日本人と結婚して2児を儲けるが、その後離婚し、色々な仕事につきながら日本語で小説を書き始め、第一作「ワンちゃん」が文学界新人賞を受賞したという。 著者の祖父は、地主だったそうだが、国共戦争の時代に台湾に逃げてしまったため、一家が政治的な落伍者と烙印を押され、文革時代は「下放」によって、僻地に追いやられ苦しい生活を強いられたそうだ。87年に横浜の伯父を頼って来日し、昼間は語学学校、夜はパソコンの部品工場で朝まで仕事をして生計を立てたなど、私達の身近に結構いる在日中国人の実態をそのまま地でいったような経歴だ。

小説としては、人物の動機や時代背景の描写に乏しく、正直言ってあまり優れたものとは思えない。 北京での五輪開催が決定するや、妻が店長を務める中国料理店や勤め先の会社で「北京五輪反対」の署名運動をする主人公の思想や動機の書き込みも不足していて、政治と個人の相克といった不可欠のテーマの掘り下げはない。選者の一人がコメントしていたとおり、20年以上の時間に渡って、この大きなテーマを描くには、中篇小説では無理であったろう。中国人の小説はあまり読んだことがないが、少なくとも、ユンチュアンの「ワイルドスワン」くらいの大河小説に書き上げてくれても、十分面白い素材であるのだが、作者に日本語でそこまでの筆力を求めるのは酷かもしれない。

芥川賞に値する作品ではない、と断じた選者もいたようだが、益々矮小化し、読者を失っている日本の現代小説の状況下では、現代中国の波乱に満ちた時代に弄ばれた人生が、より題材として興味深いのは事実である。文章や構想力は未熟でも、あえて芥川賞に中国人作家の作品が選ばれるということ自体が、日本が置かれている文学の現状を示しているといえるであろうし、この作品を読むと、日頃あまり気づかないところで、日本と中国の地理的、歴史的繋がりが深いことを再認識させられる。作中、主人公達が、テレサテンのテープを大学寮の部屋で息を凝らして聞き入り甘美な恋愛感情に浸ったり、孤独な自己に重ねて、尾崎豊の「I love you」をカラオケ屋で絶唱するあたり、日本の読者へのお世辞もあるかもしれないが、やはり共有される感情というものがあるのかもしれない。喧嘩が絶えないとはいえ、日中は2000年近い交流のある隣国なのだから。



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