なぜこんなに早く刑を執行するのか、スンニ派の報復を呼び益々内戦を激化させるだけではないか、と思うと同時に、湾岸戦争以来、世界のTVに何百回となくその姿を映し出され、多くの兵士や民間人の運命を左右してきた権力者の命が、かくも簡単に潰えたということに驚いた自分がいた。TV画面では、粗末な処刑場に連行され、首に絞首の縄をかけられるや、最後の祈りを捧げる十分な時間も与えられず、30年近くイラクの独裁者として君臨したこの男の命が尽きたことが伺われた。 アラーの神を讃える言葉を繰り返すその最後の生きた姿は、数分後には、2度と目や口を開くこともない、白布に包まれた物体となっていた。
誰の上にも必ず訪れる「死」という未知に脅え、それが全く突然に明日にも訪れるかもしれないという怖れを打ち消しながら、人は自分の命の終点へと着実に向かっている。
「自壊する帝国」 佐藤優著
帰省先の本屋で手嶋龍一と佐藤優の対談した「インテリジェンス」に関する幻冬舎新書を読み興味を覚え、たまたま棚にあった「自壊する帝国」を読み出すと、これがなんとも面白かった。 外務省のラスプーチンと呼ばれ、鈴木宗男に連座する形で2002年に逮捕された外務省ロシア担当の佐藤優の「国家の罠」がベストセラーになっていたので気になっていた。 私と同年生まれで同志社の神学部大学院出身の著者が、チェコに留学したいと思い外交官試験を受け、ノンキャリアで外務省に採用された。 ロンドンでロシア語を勉強した後、86年頃モスクワの日本大使館に3等書記官として配属されたのだが、彼がモスクワ大学で知り合った聡明な学生サーシャとの交友をきっかけに、ラトビア、リトアニアやソ連共産党政権の中枢部に友人や知人のネットワークを広げ、リトアニアの独立や、ソ連共産党が分裂してゴルバチョフからエリツインに権力が移り、ソ連が崩壊していった過程の観察者となった。 ソ連維持の共産党保守派や、バルト三国の独立派、エリツイン周辺、ロシア正教会、と様々なネットワークを繰り広げた佐藤氏は、鈴木宗男その人から「ラスプーチン」の綽名をもらったようであるであるが、彼が共産党第一、第二書記クラスの政治家と親交を結び、内部者に食い込んでいくさまは、銃を持たないジェームス・ボンド とでも言いいたくなる大活躍である。 あまりの凄さに半信半疑にもなるが、本書で007映画以上の知的刺激とスリルが味わえることは確かだ。 現に、佐藤氏は、リトアニア政府からその91年の独立に多大な貢献をした64人の1人として国家表彰をされているというではないか。
ゴルバチョフが、西欧のインテリ受けは良いが、実は社会主義を信じておらず、ソ連の崩壊を早めた張本人であり、純正な社会主義信奉の政治家からは尊敬されていなかったことや、ロシア政界には、学者や知的能力の極めて高い政治家が多くいたことなど、ロシアという国と人を知る点でも本書は参考になる。 佐藤氏の哲学や神学への造詣の深さや、誠実な人間性と仕事熱心な態度が(幾らか差し引いて考えるにしても)、ロシアの最高級の知性から信頼と友情を得、この20世紀の最も興味深いドラマの立会い人かつ参加者となる幸運を与えたようだ。 しかし、15年以上も前の一つ一つの会合を、会話体で正確に再現するのは、いくら並外れた記憶力があっても難しいと思うが、著者はまめに日記でも付けていたのであろうか。
差別と権力 野中弘務 (魚住昭著)
小渕、森内閣の頃、政界のキングメーカー的存在であった野中弘務は、小泉首相との権力闘争に敗れ2003年に政治の世界を去った。 京都府園部町の被差別出身だったその生い立ちから、戦中は大阪の国鉄に勤務し、戦後は町議、町長、府議、副知事と階段を登り、ついに50歳過ぎて中央政界に登場し、田中派、経世会で力を養い、90年代には小沢一郎に対決する形で、自社さきがけ政権や、自公政権を作る橋渡しをし、官房長官、幹事長となって政治の頂点を極めるその一生のドキュメントである。 政治のメカニズムを理解する参考にもなり、28年間続いた蜷川府政の功罪や、田中角栄以降の中央政治の出来事を、野中代議士という軸で検証しなおす意味でも興味深い。 野中自身の反対にも関わらず、本書を著し野中の出自を公にしたことで、家族や子供にも迷惑がかかる責務に悩みながら、著者の魚住は野中を冷徹に追っている。 文庫版の最後の佐藤優と著者の対談で、佐藤が「魚住氏の著書が出たことで、30年経っても、野中弘務という政治家は、日本の政治史の一端を担った存在として、記憶され続ける」という見立ては、間違ってはいないだろう。
誰の上にも必ず訪れる「死」という未知に脅え、それが全く突然に明日にも訪れるかもしれないという怖れを打ち消しながら、人は自分の命の終点へと着実に向かっている。
「自壊する帝国」 佐藤優著
帰省先の本屋で手嶋龍一と佐藤優の対談した「インテリジェンス」に関する幻冬舎新書を読み興味を覚え、たまたま棚にあった「自壊する帝国」を読み出すと、これがなんとも面白かった。 外務省のラスプーチンと呼ばれ、鈴木宗男に連座する形で2002年に逮捕された外務省ロシア担当の佐藤優の「国家の罠」がベストセラーになっていたので気になっていた。 私と同年生まれで同志社の神学部大学院出身の著者が、チェコに留学したいと思い外交官試験を受け、ノンキャリアで外務省に採用された。 ロンドンでロシア語を勉強した後、86年頃モスクワの日本大使館に3等書記官として配属されたのだが、彼がモスクワ大学で知り合った聡明な学生サーシャとの交友をきっかけに、ラトビア、リトアニアやソ連共産党政権の中枢部に友人や知人のネットワークを広げ、リトアニアの独立や、ソ連共産党が分裂してゴルバチョフからエリツインに権力が移り、ソ連が崩壊していった過程の観察者となった。 ソ連維持の共産党保守派や、バルト三国の独立派、エリツイン周辺、ロシア正教会、と様々なネットワークを繰り広げた佐藤氏は、鈴木宗男その人から「ラスプーチン」の綽名をもらったようであるであるが、彼が共産党第一、第二書記クラスの政治家と親交を結び、内部者に食い込んでいくさまは、銃を持たないジェームス・ボンド とでも言いいたくなる大活躍である。 あまりの凄さに半信半疑にもなるが、本書で007映画以上の知的刺激とスリルが味わえることは確かだ。 現に、佐藤氏は、リトアニア政府からその91年の独立に多大な貢献をした64人の1人として国家表彰をされているというではないか。
ゴルバチョフが、西欧のインテリ受けは良いが、実は社会主義を信じておらず、ソ連の崩壊を早めた張本人であり、純正な社会主義信奉の政治家からは尊敬されていなかったことや、ロシア政界には、学者や知的能力の極めて高い政治家が多くいたことなど、ロシアという国と人を知る点でも本書は参考になる。 佐藤氏の哲学や神学への造詣の深さや、誠実な人間性と仕事熱心な態度が(幾らか差し引いて考えるにしても)、ロシアの最高級の知性から信頼と友情を得、この20世紀の最も興味深いドラマの立会い人かつ参加者となる幸運を与えたようだ。 しかし、15年以上も前の一つ一つの会合を、会話体で正確に再現するのは、いくら並外れた記憶力があっても難しいと思うが、著者はまめに日記でも付けていたのであろうか。
差別と権力 野中弘務 (魚住昭著)
小渕、森内閣の頃、政界のキングメーカー的存在であった野中弘務は、小泉首相との権力闘争に敗れ2003年に政治の世界を去った。 京都府園部町の被差別出身だったその生い立ちから、戦中は大阪の国鉄に勤務し、戦後は町議、町長、府議、副知事と階段を登り、ついに50歳過ぎて中央政界に登場し、田中派、経世会で力を養い、90年代には小沢一郎に対決する形で、自社さきがけ政権や、自公政権を作る橋渡しをし、官房長官、幹事長となって政治の頂点を極めるその一生のドキュメントである。 政治のメカニズムを理解する参考にもなり、28年間続いた蜷川府政の功罪や、田中角栄以降の中央政治の出来事を、野中代議士という軸で検証しなおす意味でも興味深い。 野中自身の反対にも関わらず、本書を著し野中の出自を公にしたことで、家族や子供にも迷惑がかかる責務に悩みながら、著者の魚住は野中を冷徹に追っている。 文庫版の最後の佐藤優と著者の対談で、佐藤が「魚住氏の著書が出たことで、30年経っても、野中弘務という政治家は、日本の政治史の一端を担った存在として、記憶され続ける」という見立ては、間違ってはいないだろう。