ポケットの中で映画を温めて

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『ラブレス』を観て

2018年04月17日 | 2010年代映画(外国)

今、上映中の『ラブレス』(アンドレイ・ズビャギンツェフ監督、2017年)を観てきた。

一流企業で働くボリスと、美容サロンでマネジメントを任されているジェーニャの夫婦。
離婚協議中のふたりにはそれぞれすでに別のパートナーがいて、早く新しい生活に入りたいと苛立ちを募らせていた。

12歳になる息子のアレクセイをどちらが引き取るかについて言い争い、罵り合うふたり。
耳をふさぎながら両親の口論を聞いていたアレクセイはある朝、学校に出かけたまま行方不明になってしまう・・・
(公式サイトより)

ボリスには、すでに妊娠中の若い恋人マーシャがいる。
片やジェーニャにも、成人し留学中の娘がいるアントンと恋仲である。

そのジェーニャは、ボリスと結婚したのは母親から逃れるためであって、アレクセイを中絶しなかったことを今でも悔やんでいる。
要は、この夫婦には最初から愛はなかったらしい。

観ていて、親の離婚後のアレクセイの立場、居場所を思うと、自然とどうしようもなさや絶望的な気持ちに襲われてしまう。
だから、アレクセイが登校せず行方不明になることが、すんなりと素直に納得できる。

しかし不思議なのは、あれ程アレクセイに無関心というか邪険だったジェーニャが、アレクセイを必死に探そうとすること。
やはり、何だかんだと言っても、いざと言う時、母性心は強力であるということか。

万一を心配するジェーニャに、警察はまともに取り合ってくれない。
一緒になって夫婦に協力してくれるのが市民ボランティアの捜索救助団体だという、痛烈な皮肉を込めた批判。

そんな懸命な捜索をし、あらゆる手段を尽くしているのに、見つからないアレクセイはどこにいるのか。
その過程でえぐり出されるのは、ボリスとジェーニャの夫婦関係の断絶の絶望としか言いようのなさ。
その心情を映し出す、樹立する多数の高層マンションを遠景にした森の寒々とした風景。
そこに、降る雪も混じってくる心象。

暗くて重い、そして深い現代の家族の崩壊物語である。
そこに描き出される内容は、社会問題も背景とした強烈なインパクトを与える作品の、第一級としての印象であった。


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