『ヴェラの祈り』(アンドレイ・ズビャギンツェフ監督、2007年)を観た。
アレックスと妻ヴェラとの間には会話が少ない。
アレックスはひと夏を過ごすために、ヴェラ、息子キール、娘エヴァを連れて田舎の亡き父の一軒家へ行く。
着いて一段落した家族は林にクルミを獲りに行く。
夕食後、ヴェラがアレックスに告げる。
「赤ちゃんができた。あなたの子じゃない」
アレックスは動揺し、どう対処していいのかわからない。
アレックスは兄マルクに、「話がしたい、そっちへ行く」と電話し兄の所へ向かうが、途中で引き返す。
翌日、アレックスの友人ヴィクトルらが食事にやってくる。
そこへ兄マルクから、「今、駅にいる」と電話が入る。
迎えに行くアレックスに、息子のキールも一緒についてくる。
車中、キールは言う。
「ニーナおばさんとサーカスに行って帰ってきた時、家にロベルトおじさんとママが一緒にいた」と。
アレックスはそれを聞き、仕事関係の友人ロベルトがヴェラの妊娠相手だと確信する・・・
ヴェラはアレックスの意向を踏まえ中絶する。
その後で悲劇は起きる。
ヴェラが死んでしまうのである。
でも医者はことの次第に疑問を呈し、自殺をほのめかす。
物語はヴェラの不貞を疑う夫アレックスの視点を交えて進む。
だから観客は、アレックスの心情に納得する。
ヴェラが死に、復讐しようとするアレックスがロベルトと対峙する中で判ってくることは、生まれ出る子は誰でもないアレックスの子であること。
アレックスとヴェラの夫婦間。
そこにあったのは、二人における会話のなさ。
その致命的な断絶の溝を埋めようとしてヴェラが言った、「あなたの子じゃない」。
それを聞いたアレックスはヴェラに聞く耳を持たない。
ヴェラの絶望。
だが、アレックスはそれを深く気にとめていなかった。
ゆったりとした田舎風景の中に繰り広げられる的確な映像。
だから会話が少ない分、鳥の鳴き声、車の疾走音、雨の音とかの諸々の音声が効果を表す。
そして、映像説明の省略。
ヴェラが妊娠診断書の裏に書いた内容は、物の本質に重大のはずだが観客には示さない。
それは何だったかと知りたいが、よくわからない。
同じように冒頭、兄マルクが腕を撃たれてアレックスの所へ命からがらたどり着く。
そのことも何もなかったことのように説明がないが、それでも全体を見るとおおよそ雰囲気が掴める気がする。
これらをひっくるめての映像作りがズビャギンツェフとしての魅力であり、観ていて飽きがこない。
『父、帰る』(2003年)の強烈な印象から、『ラブレス』(2017年)までわずか5本の長編だが、ロシアのズビャギンツェフ作品をすべて観たことになる。
今後もこの監督からは目が離せない。
アレックスと妻ヴェラとの間には会話が少ない。
アレックスはひと夏を過ごすために、ヴェラ、息子キール、娘エヴァを連れて田舎の亡き父の一軒家へ行く。
着いて一段落した家族は林にクルミを獲りに行く。
夕食後、ヴェラがアレックスに告げる。
「赤ちゃんができた。あなたの子じゃない」
アレックスは動揺し、どう対処していいのかわからない。
アレックスは兄マルクに、「話がしたい、そっちへ行く」と電話し兄の所へ向かうが、途中で引き返す。
翌日、アレックスの友人ヴィクトルらが食事にやってくる。
そこへ兄マルクから、「今、駅にいる」と電話が入る。
迎えに行くアレックスに、息子のキールも一緒についてくる。
車中、キールは言う。
「ニーナおばさんとサーカスに行って帰ってきた時、家にロベルトおじさんとママが一緒にいた」と。
アレックスはそれを聞き、仕事関係の友人ロベルトがヴェラの妊娠相手だと確信する・・・
ヴェラはアレックスの意向を踏まえ中絶する。
その後で悲劇は起きる。
ヴェラが死んでしまうのである。
でも医者はことの次第に疑問を呈し、自殺をほのめかす。
物語はヴェラの不貞を疑う夫アレックスの視点を交えて進む。
だから観客は、アレックスの心情に納得する。
ヴェラが死に、復讐しようとするアレックスがロベルトと対峙する中で判ってくることは、生まれ出る子は誰でもないアレックスの子であること。
アレックスとヴェラの夫婦間。
そこにあったのは、二人における会話のなさ。
その致命的な断絶の溝を埋めようとしてヴェラが言った、「あなたの子じゃない」。
それを聞いたアレックスはヴェラに聞く耳を持たない。
ヴェラの絶望。
だが、アレックスはそれを深く気にとめていなかった。
ゆったりとした田舎風景の中に繰り広げられる的確な映像。
だから会話が少ない分、鳥の鳴き声、車の疾走音、雨の音とかの諸々の音声が効果を表す。
そして、映像説明の省略。
ヴェラが妊娠診断書の裏に書いた内容は、物の本質に重大のはずだが観客には示さない。
それは何だったかと知りたいが、よくわからない。
同じように冒頭、兄マルクが腕を撃たれてアレックスの所へ命からがらたどり着く。
そのことも何もなかったことのように説明がないが、それでも全体を見るとおおよそ雰囲気が掴める気がする。
これらをひっくるめての映像作りがズビャギンツェフとしての魅力であり、観ていて飽きがこない。
『父、帰る』(2003年)の強烈な印象から、『ラブレス』(2017年)までわずか5本の長編だが、ロシアのズビャギンツェフ作品をすべて観たことになる。
今後もこの監督からは目が離せない。
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