ミニシアターでデンマーク映画の『ある戦争』(トビアス・リンホルム監督、2015年)を観た。
舞台はアフガニスタン。
タリバンの襲撃から民間人を守るためにデンマークから派遣された兵士たちは、地雷がある可能性の、
そして、いつ敵から襲撃されるかわからない地区を巡回している。
そんなある日、一人の兵士が地雷で両足を吹き飛ばされ、殉死する。
それをきっかけに兵士たちは、積もった不満を爆発させる。
その部下たちの不満を静め、士気を高めるために、隊長のクラウスは翌日から自らも巡回に同行する。
一方、本国にいるクラウスの妻マリアは、3人の子供たちの日常生活に追われ、夫の不在が何かと不便で寂しい思いをしている。
ある日のこと、巡回部隊に以前助けられた民間人の家族が、避難場所として基地にやって来る。
家族の主人は、「部隊は昼間にパトロールしているけれど、タリバンは夜にやってくる。
奴らに協力しないと家族もろとも殺されるから、助けて欲しい」と言う。
クラウスは、明日、必ずパトロールに行くからと約束し、子供だけでも避難させてほしいという主人の言い分も聞かず帰す。
翌日、パトロールのためその家に行ったクラウスたちは、惨殺された家族全員の死体を発見する。
そしてその直後、突然、クラウスたちは何者かの攻撃を受ける。
敵は一体、どこから攻撃をして来るのか。
部下ラッセが首に被弾する。・・・
作品のテーマとなる出来事が、このあと起きる。
負傷した瀕死のラッセを救助するためと、部下全員も避難させるために、クラウスは攻撃地点と思われる第6地区の爆撃要請依頼を部下に命じる。
後日、そのことについて司令官と法務官がクラウスの元にやって来る。
その理由は、彼の軍規違反疑惑についてである。
デンマークに帰還させられたクラウスに待っていたのは、軍法会議であった。
起訴理由は、敵兵の存在確認がないままに空爆を命じ、現地の第6地区に住む11人の民間人の子を殺害した容疑である。
もし有罪ならば、4年間の懲役刑。
裁判は、クラウスが敵兵を確認したのかどうかが争点となる。
明らかに、クラウスは敵兵を見ていないのに命令を下した。
ただ、彼の立場からすれば、仲間を見殺しにはできない、
だから、敵を見たことにするより手がなかった、ということが正当な理由付けである。
しかし現実問題として、クラウスの命令で罪のない子たちが殺害されている。
クラウスは有罪か。無罪か。
正義の名のもとに、助けてあげようと他国に行き、救済するはずの住民を殺してしまう可能性は十分にあり得る。
そもそも戦闘状態では、向こう側に人がいれば、疑心暗鬼の心境から、それが一般市民であろうと、すべてが敵としか思えないではないか。
そのような状況下で一体、人が武器を手にすることの意味、目的とは何か。
この作品は、緊迫したリアル感といい、その物語となる事柄も優れている。
ただ多少残念なことに、ラストで、判決主文に対しての理由が省略されてしまっている。
そのことによって、折角の普遍的なテーマが、一家族の物語に矮小されてしまったのではないか、と感じた。
舞台はアフガニスタン。
タリバンの襲撃から民間人を守るためにデンマークから派遣された兵士たちは、地雷がある可能性の、
そして、いつ敵から襲撃されるかわからない地区を巡回している。
そんなある日、一人の兵士が地雷で両足を吹き飛ばされ、殉死する。
それをきっかけに兵士たちは、積もった不満を爆発させる。
その部下たちの不満を静め、士気を高めるために、隊長のクラウスは翌日から自らも巡回に同行する。
一方、本国にいるクラウスの妻マリアは、3人の子供たちの日常生活に追われ、夫の不在が何かと不便で寂しい思いをしている。
ある日のこと、巡回部隊に以前助けられた民間人の家族が、避難場所として基地にやって来る。
家族の主人は、「部隊は昼間にパトロールしているけれど、タリバンは夜にやってくる。
奴らに協力しないと家族もろとも殺されるから、助けて欲しい」と言う。
クラウスは、明日、必ずパトロールに行くからと約束し、子供だけでも避難させてほしいという主人の言い分も聞かず帰す。
翌日、パトロールのためその家に行ったクラウスたちは、惨殺された家族全員の死体を発見する。
そしてその直後、突然、クラウスたちは何者かの攻撃を受ける。
敵は一体、どこから攻撃をして来るのか。
部下ラッセが首に被弾する。・・・
作品のテーマとなる出来事が、このあと起きる。
負傷した瀕死のラッセを救助するためと、部下全員も避難させるために、クラウスは攻撃地点と思われる第6地区の爆撃要請依頼を部下に命じる。
後日、そのことについて司令官と法務官がクラウスの元にやって来る。
その理由は、彼の軍規違反疑惑についてである。
デンマークに帰還させられたクラウスに待っていたのは、軍法会議であった。
起訴理由は、敵兵の存在確認がないままに空爆を命じ、現地の第6地区に住む11人の民間人の子を殺害した容疑である。
もし有罪ならば、4年間の懲役刑。
裁判は、クラウスが敵兵を確認したのかどうかが争点となる。
明らかに、クラウスは敵兵を見ていないのに命令を下した。
ただ、彼の立場からすれば、仲間を見殺しにはできない、
だから、敵を見たことにするより手がなかった、ということが正当な理由付けである。
しかし現実問題として、クラウスの命令で罪のない子たちが殺害されている。
クラウスは有罪か。無罪か。
正義の名のもとに、助けてあげようと他国に行き、救済するはずの住民を殺してしまう可能性は十分にあり得る。
そもそも戦闘状態では、向こう側に人がいれば、疑心暗鬼の心境から、それが一般市民であろうと、すべてが敵としか思えないではないか。
そのような状況下で一体、人が武器を手にすることの意味、目的とは何か。
この作品は、緊迫したリアル感といい、その物語となる事柄も優れている。
ただ多少残念なことに、ラストで、判決主文に対しての理由が省略されてしまっている。
そのことによって、折角の普遍的なテーマが、一家族の物語に矮小されてしまったのではないか、と感じた。
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