花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

老驥千里を思う│清少納言

2024-07-28 | アート・文化


  元輔がむかしすみけるいへのかたはらに、清少納言住みしころ、
  雪のいみじくふりて、へだてのかきもなくたふれて、みわたされしに、
跡もなく雪ふるさとのあれたるをいづれむかしのかきねとかみる

一五八│「赤染衛門集全釈」 / 巻第十六 雑歌上│「新古今和歌集」

女一人住む所は、いたくあばれて、築土などもまたからず、池などある所も、水草ゐ、庭なども蓬にしげりなどこそせねども、所々、砂子の中より青き草うち見え、さびしげなるこそあはれなれ。物かしこげに、なだらかに修理して、門いたくかため、きはぎはしきは、いとうたてこそおぼゆれ。
一七一│「枕草子」



参考資料:
関根慶子, 阿部俊子, 林マリヤ, 北村杏子, 田中恭子共著:私家集全釈叢書1「赤染衛門集全釈」, 風間書房, 1989
峯村文人校注・訳:新編日本古典文学大系「新古今和歌集」, 小学館, 2012
松尾聰, 永井和子校注・訳:新編日本古典文学大系「枕草子」, 小学館, 2017




藤の花のこと│「今昔物語」と「伊勢物語」

2024-07-16 | アート・文化

四十九 藤│「四季の花」春之部・貳, 芸艸堂, 明治41年

  ムラサキノクモトゾミユルフヂノ花イカナルヤドノ
  シルシナルラム

  (紫の雲とぞみゆる藤の花 いかなる宿のしるしなるらむ)
ト.若干ノ人皆此レヲ聞テ、胸ヲ扣テ、「極ジ」ト讃メ喤ケリ。大納言(藤原公任)モ人々ノ皆、「極ジ」ト思タル気色ヲ見テナム、「今ぞ胸ハ落居ル」トゾ、殿(藤原道長)ニ申シ給ヘル。
 此ノ大納言ハ、万ノ事皆止事無カリケル中ニモ、和歌読ム事ヲ自モ自嘆シ給ひケリ、トナム語リ伝ヘタルトヤ。
(巻第二十四、公任大納言読屏風和歌語第三十三│「今昔物語」, p330-332)

  咲く花のしたにかくるる人おほみ
    ありしにまさる藤のかげかも

(あるじ在原行平のはらから(兄弟)、すなわち在原業平が詠んだ歌に対して、人々が)「などかくしもよむ」といひければ、「おほきおとど(藤原良房)の栄華のさかりにみまそかりて、藤氏のことに栄ゆるを思ひてよめる」となむいひける。みな人そしらずなりにけり。
(百一段│「伊勢物語」, p117-118)

蛇足の独言:華めき時めくもの。時移り消えゆくもの。阿り諂うもの。面従し腹背するもの。拱手し傍観するもの。花開き花落ちて人は幾たびか換る。

参考資料:
馬淵和夫, 国東文麿, 稲垣泰一校注・訳:新編日本古典文学全集「今昔物語③」, 小学館, 2008
渡辺実校注:新潮日本古典集成「伊勢物語」, 新潮社, 2004


招涼│花信

2024-07-14 | アート・文化

2024年度大和未生流夏期特別講習会の花器は、御家元御監修の掛花入にも使うことができる信楽焼の一重切花入であった。

松かげの岩井の水をむすびつつ 夏なき年と思ひけるかな
   和漢朗詠集・巻上 納涼   恵慶法師

緑樹陰前│花信

2024-07-04 | アート・文化


   池上遂涼二首 其一  白居易
青苔地上銷残暑  青苔の地上に残暑は銷え
緑樹陰前逐晩涼  緑樹の陰前に晩涼を逐ふ
軽屐単衣薄紗帽  軽屐(けいげき)の単衣 薄紗の帽
浅池平岸庳藤床  浅池の平岸 庳(いや)しき藤床
簪纓怪我情何薄  簪纓(しんえい)は我が情の何とも薄きを怪め
泉石諳君味甚長  泉石は君を諳りて味は甚だ長し
遍問交親為老計  遍く交親を問ひて老計と為す
多言宜静不宜忙  多言は宜しく静かにし 忙しきは宜しからずと

(白氏文集巻六十六 律詩│「白氏文集 十一」, p395-397)

参考資料:
川口久雄, 志田延義校注:日本古典文学大系「和漢朗詠集 梁塵秘抄」, 岩波書店, 1974
岡村繁著:新釈漢文大系「白氏文集 十一」, 明治書院, 1988


弘徽殿の女御のこと│源氏物語

2024-06-16 | アート・文化


弘徽殿の女御は、光源氏に敵対する最強の敵役として登場する。右大臣の娘として生を受けた権門出身で、東宮時代からの桐壺帝の第一妃であり、後の朱雀帝の御生母である。輝かしい出自と経歴にも拘らず、桐壺の更衣には桐壺帝の寵愛を奪われ、中宮立后の藤壺の後塵を拝する。同じ憎まれ役でも、内向的で陰陰滅滅の六条御息所に比して、弘徽殿の女御は外向的で良くも悪くも剛毅果断である。昨今忌避される従来の固定観念的に申すならば、前者は陰性で女性的、後者は陽性で男性的である。

和辻哲郎著『日本精神史研究』、<「もののあはれ」について>において、御大は弘徽殿の振舞を女の嫉妬と断罪なさり容赦ない。
「またほかの一例は夫たる帝が悲嘆に沈まれているにかかわらず、お側にも侍らで、月おもしろき世に夜ふくるまで音楽をして遊ぶ弘徽殿びごとき人である。もとより彼女は喜びあるいは苦しむ心を持たぬ人ではない。彼女が帝の悲嘆に同情せぬのは、その悲嘆が彼女の競争者たる他の女の死に基づくゆえんである。しかしたとい、その悲嘆さえもが彼女の嫉妬を煽るにしろ、その嫉妬ゆえに心を硬くして、夫の苦しみに心を湿らさぬ女は、「物のあはれ」を知るとはいえない。」(「日本精神史研究」, p225)

この件に相当する原文は以下の通りである。
「風の音、虫の根につけて、もののみ悲しう思さるるに、弘徽殿には、久しく上の御局にも参上りたまはず、月のおもしろきに、夜更くるまで遊びをぞしたまふなる。(帝は)いとすさまじうものしと聞こしめす。このごろの御景色を見たてまつる上人、女房などはかたはらいたしと聞きけり。(弘徽殿は)いとおし立ちかどかどしきところものしたまふ(我の強い角のある御方)にて、事にもあらず消ちてもてなしたまふなるべし。」(「源氏物語1」, p35-36)

もとより帝の桐壺の更衣存生での御寵愛は尋常でない。
(帝は)人の譏りをも憚らせたまはず、世の例にもなりぬべき御もてなしなり。上達部、上人などもあいなく目を側めつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり。唐土にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れあしかりけれと」(「源氏物語1」, p17-18)と、楊貴妃の例を引き合いに、「天の下にも、あぢきなう人のもてなやみぐさ」(世間の苦々しい持て余しの語り草)になる。
 更衣亡き後も帝は、「なほ朝政は怠らせたまひぬべかめり」(今なお朝のご政務は怠っておしまいになる)の有様で、「近うさぶらふかぎりは、男女、「いとわりなきわざかな」と言ひあはせつつ嘆く。「さるべき契りこそおはしましけめ。(帝が)そこらの人の譏り、恨みを憚らせたまはず、この御事にふれたることをば、道理をも失せたまひ、今、はた、かく世の中のことをも思ひし棄てたるやうになりゆくは、いとたいだいしきわざなり」と他の朝廷の例までひき出で、ささめき嘆きけり。」(「源氏物語1」, p36-37)と、周囲はいたわしい御心労を拝する一方で政(まつりごと)の膠着状態に困惑する。
 万乗之君はnoblesse obligeを課せられる階層の頂点に御座す。民草の男とは異なり、どの様な状況下においても、果たさねばならぬ社会的責任と義務から逃れる術はない。そして思ふをば思ひ、思はぬをば思はぬは許されず、思ふをも、思はぬをもけぢめみせぬ心があらまほしである。

最後になるが、堀口大學訳のマリー・ローランサンの詩<鎭靜劑>に、「死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です」がある。「おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉」は芭蕉の句である。
架空の人物の心情を知る由もないが、情に流されない弘徽殿の女御の眼に映った管弦の後の情景は如何なるものであったのだろうか。

参考資料:
阿部秋生, 秋山虔, 今井源衛, 鈴木日出男校注・訳:日本古典文学全集「源氏物語1」, 小学館, 1994
和辻哲郎著:「日本精神史研究」, 岩波書店, 2015
堀口大學譯:「月下の一群」、新潮社, 1973
今栄蔵校注:新潮日本古典集成「芭蕉句集」, 新潮社, 2006



一将功成りて│花信

2024-06-13 | アート・文化


  己亥歳(二首選一)   曹松
沢国江山入戦図  沢国の江山 戦図に入る
生民何計楽樵蘇  生民 何の計あつてか 樵蘇(しょうそ)を楽しまん
憑君莫話封侯事  君に憑る 話す莫かれ 封侯の事
一将功成万骨枯  一将 功成つて 万骨枯る

一海知義著:「漢詩一日一首 春・夏」, p337-339, 平凡社, 1982
愈平伯等著:唐詩鑑賞辞典, p1436-1464, 上海辞書出版, 2016



于濟, 蔡正孫編:「校正 増注聯珠詩格 全20巻10冊 (天保2年版)」六

山滴る│花信

2024-05-30 | アート・文化

徳力富吉郎「畝傍山」 昭和十七年

さ百合花ゆりも逢はむと思へこそ 今のまさかもうるはしみすれ
   万葉集・巻十八   大伴宿禰家持







ささゆり薫る│花信

2024-05-28 | アート・文化

中澤弘光「奈良公園」 大正十一年

  同じ月の九日に、諸僚、少目秦伊美吉石竹が館に
  会ひて飲宴す。時に主人百合の花縵三枚を造りて、
  豆器に畳ね置き、賓客に捧げ贈る。おのもおのも
  この縵を賦して作る三首 其一

油火の光に見ゆる我がかづら さ百合の花の笑まはしきかも
   万葉集・巻十八   大伴宿禰家持




初夏の紫の花を頂く・其二│花信

2024-05-19 | アート・文化


春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲の、細くたなびきたる。
夏は、夜。月のころは、さらなり。闇もなほ。蛍のおほく飛びちがひたる、また、 ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし。

(第一段 春はあけぼの│萩谷朴校注:新潮日本古典集成「枕草子 上」, p18-19, 新潮社, 2000)