花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

花鎮祭と薬

2015-04-14 | 漢方の世界


「花鎮祭」は、桜の花が散る春の陽気が高まる頃に疫病の気が流行すると考えて各地でとり行われる祭りである。大神神社、摂社の狭井神社では、忍冬(ニンドウ、スイカズラ)と百合根を供えて、疫病退散、無病息災を祈願する大宝律令制定以来の歴史を有する祭祀が行われる。なお日本最古の医薬事典『大同類聚方』の巻之十四、依也美(エヤミ)の段には、依也美(疫病)に対する処方の一つである「花鎮薬」が記載されている。末尾に提示したのは、古典医学研究家、槇佐知子先生が全訳精解された『大同類聚方』における、桜花と桃樹皮を用いた「花鎮薬」の一節である。

『大同類聚方』は、漢方流入により日本固有の医方が存亡の危機にあることを憂えて発願され、808年、平城天皇の治世に編纂された医書である。日本各地の豪族、神社に伝わる薬方が集録され、依也美の段では「花鎮薬」を含む総数32種の処方が記されている。大和国添上郡奈麻呂が朝廷に上奏した「依也美薬」では、「依也美ハ又度支之介(トキノケ;時の気)共云フ。」という一文を見ることができる。依也美は時の気、すなわち現在の季節病、時病である。
冒頭の写真は忍冬、下は笹百合である。



「花鎮祭」に供えられる二種の植物のうち、忍冬の花蕾から得られる生薬は清熱薬に分類される「金銀花(きんぎんか)」である。咲初めの白い花弁は徐々に黄色に変わってゆき、白と黄の花が混在することから金と銀の花に譬えてこの名の由来となった。肺、胃に帰経し、効能は清熱解毒、凉血止痢、疏風風熱であり、外表部の風熱を散じ、また裏熱を冷まし、下痢を止める作用がある。茎葉は「忍冬藤(にんどうとう)」の生薬となり、作用は「金銀花」と同じである。百合根は生薬の「百合(びゃくごう)」であり、陰津を滋養して体内を潤す補陰薬に属する。心、肺に帰経し、効能は潤肺止咳、精神安神、肺を滋陰であり、肺気を降ろし肺熱を冷まして咳を止め、心を潤して熱を冷まし心神を安定させる働きを持つ。
下の組写真で左は「金銀花」、右は「百合」の刻み生薬である。



これらが配合された方剤を例にあげると、「金銀花」は『銀翹散』、これは風熱の邪気侵入による風熱表証、すなわち風邪初期や花粉症に伴う眼の症状などに用いる辛涼解表剤である。「百合」は『辛夷清肺湯』、こちらは鼻・副鼻腔炎から気管支炎まで肺経に熱邪がこもった病態に用いる清熱剤である。風が主気である春季に風熱の邪を感受して発病する風温では、邪熱や余熱による陰液の消耗にも留意しておかねばならず、清熱生津の作用を持つ薬用植物をあわせて花鎮祭に捧げていることが興味深い。

花鎮薬 大倭国城上郡大神大物主神社ニ所伝ノ方也。恵耶尾初終軽支重紀乎以波受用井弖験安流須利之方
鎖玖羅乃半那一戔 母々乃伽波三分

【解読】花鎮薬 大倭国城上郡大神大物主神社ニ所伝ノ方也。エヤミ初、終、軽キヲイハズ用ヒテ験アルクスリノ方。
サクラノハナ一箋 モモノカハ三分
【訳】花鎮薬 大倭国城上郡の大神大物主神社に伝わっている処方である。エヤミのかかり始めと治りぎわ、軽症、重症を問わず用いて効きめのある薬の処方。
桜花一箋 桃樹皮三分。
(『大同類聚方』 槇佐知子全訳精解、第三巻、処方部一, p15-16, 新泉社)