花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

下剋上の翳

2017-04-07 | 日記・エッセイ


NHK日曜美術館「熱烈!傑作ダンギ 等伯」(2月5日、NHK Eテレ放映)の京都智積院の長谷川等伯「楓図」と狩野永徳「檜図屏風」の障壁画の比較において、漫画家、おかざき真理(敬称略)が述べておられた見解が実に興味深い。御発言の概要は以下の通りである。
-------絢爛豪華な中で寂しく繊細な感じがする等伯画は共感性で読者を掴む《少女漫画》であり、狩野派は読むと元気になる《少年漫画》である。狩野派の「檜図屏風」はその前に戦国武将が似合う空間であり、等伯の「楓図」は寂しい気持ちを抱えた人間にここに居ていいよと言ってくれる空間である。-------

番組の中で、己一代で頂点まで登り詰めた等伯を評する「下剋上絵師」という言葉が出た。「下剋上」には限りない上昇志向を是とする陽性の駆動力がある。だが物極必反(物事は行き着けば必ず反対方向に転化する)であり、成り極まる過程において既に相反するものが台頭する序曲が始まっている。医学界に話を戻せば、かつて医学界の構造的問題を追求した社会派小説として一世を風靡した長編小説、山崎豊子著『白い巨塔』の財前五郎は「下剋上医師」である。野心と能力、重ねた努力ともに人並以上である新進気鋭の「下剋上医師」の栄光と蹉跌、物極必反の人生が余すところなく描かれ、主人公が終生携えてゆくルサンチマンの低音が小説に深い陰影をもたらしていた。ところで昨今の医療ドラマでは、スーパードクターが膠着した病態(個人および組織の)を打ち破り、一発大逆転の勝ちいくさにするといった描き方がやたら溢れている感がある。先の御見解をお借りするならば、観れば元気になる「狩野派」のプロットである。一般の方々が御覧になる場合はひたすら頼もしく映るからであろうか。
 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす」は平家物語の有名な冒頭の一節である。本来、物極必反と同様に、諸行無常には滅びゆくものへの嫋嫋たる感傷や哀惜はない。あるのは森羅万象の消長平衡を俯瞰する、無情ならぬ非情の眼である。