桜可池 源空上人│尾形月耕「日本花圖繪」明治廿九年
治承元年の秋、法然坊は念仏弘通を兼ねて東国へ下る道すがら、雄花に埋れた水の面に赤い蜻蛉の群れて遊ぶ夕映匂う桜池に臨んで、いと懇に供養を行わせられた。
自ら求めて浅ましい姿に化り変られた今は亡き師よ、蛇身も振鈴の業に堪え給うとならばよも俗名を難しとは申されまい。称名の念仏乃至十声してすみやかに西方浄土に往生し給え、凡夫をもされば大蛇をも捨て給わぬ阿弥陀如来が本願の尊さにゆめ疑いあらすなと心密に念じつつ西方を望んで、
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
とその日、六万遍のうちの幾声かは、特に先師がためであった。
夕風に揺れる水面に湧く水泡を見ながら水底の蛇身も菩提を得られるのを信じて胸の闊くなるを覚えた源空は欣然と錫を吉水に返した。
(’第三巻 叡空と皇円│佐藤春夫著:「掬水譚---法然上人別伝」, p43-44, 浄土宗出版, 2010)
*弘通(ぐずう):遍く広めること。
*法然上人の先師、肥後阿関梨皇円は、遥かの後仏の御出世を心にかけて長命の蛇身(龍神)とならんが為に、遠江笠原の庄の桜池(桜ヶ池、静岡県御前市)に入定された。法然上人は東国に下向なさり御師を懇ろに供養し奉られたのである。
参考資料:
佐藤春夫著:「新版 極楽から来た」, 浄土宗出版, 2009
芹沢銈介・芹沢銈介・型絵染:「極楽から来た挿絵集」, 吾八, 1961
浄土宗総合研究所編:「現代語訳 法然上人行状図」, 浄土宗出版, 2013
京都国立博物館編:「知恩院と法然上人絵伝 法然上人誕生850年記念」, 知恩院, 1981
大橋俊雄校注:「法然上人絵伝(上・下)」, 岩波書店, 2002
坪井直子著:「龍神になった皇円 孝行集と法然上人伝」, 佛教大学総合研究所紀要1:95-112, 2006