桜町中納言│尾形月耕「日本花圖繪」明治三十年
抑(そもそも)此(この)成範卿を桜町中納言と申しける事は、すぐれて心数奇給へる人にて、常は吉野山を恋ひ、町に桜を植ゑならべ、其内に屋を立てて、住み給ひしかば、来る年の春ごとに、見る人、桜町とぞ申しける、桜は咲いて七箇日に散るを、余波(なごり)を惜しみ、天照御神に祈り申されければ、三七日まで余波ありけり、君も賢王にてましませば、神も神徳を耀(かかやか)し、花も心ありければ、廿日の齢をたもちけり。
(巻一 吾身栄花│「平家物語1」, p31-32)
*成範卿:藤原成範(ふじわらのしげのり)、藤原通憲(信西)の三男。
東の方へまかりける道にてよみ侍りける
道のべの草の青葉に駒とめて なほ故郷をかへりみるかな
新古今和歌集・巻第十 羇旅歌 民部卿成範
後の事ども果てて、散り散りになりけるに、成範、脩憲
涙流して、今日にさへまたともうしけるほどに、南面の
桜に鶯の鳴きけるを聞きて詠みける
桜花散り散りになる木の下に 名残を惜しむうぐひすの声
山家集・中 雑 西行
参考資料:
市古貞次校注・訳:新編日本古典文学全集「平家物語1」, 小学館, 2014
峯村文人校注・訳:新編日本古典文学全集「新古今和歌集」, 小学館, 2012
後藤重郎校注:新潮日本古典集成「山家集」、新潮社, 2015