い可尓世ん都能春も於し介れと馴しあつまの花や散留らん 熊野│尾形月耕「日本花圖繪」明治卅一年
由ありげ奈る言葉の種取り上げ見れば。いかにせん都の春も惜しけれど馴れし東の花や散るらん。げに道理なり哀れ奈り。はや\/暇取らするぞ東に下り候へ。なに御暇と候や。なか\/乃事とく\/下り給ふべし。あら嬉しや尊やな。これ観音乃御利生なり。
(「熊野」, 十四)
あれこそ八島の大臣殿(おほいどの、平宗盛)の当国の守でわたらせ給ひ候ひし時、召され参らせて御最愛にて候ひしが。老母を是に留めおき、頻りに暇を申せど給はらざりければ、ころはやよひのはじめなりけるに、
いかにせむみやこの春も惜しけれどなれしあづまの花や散るらむ
と仕ッて、暇を給はッてくだりて候ひし、海道一の名人にて候へとぞ申しける。
(巻第十 海道下│「平家物語」, p285)
参考資料:
廿四世観世左近著:観世流謡本「熊野」, 檜書店, 2020
市古貞次校注・訳:日本古典文学全集「平家物語②」, 小学館, 2015