花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

薬種商の館 金岡邸│富山紀行

2015-06-20 | 漢方の世界


第66回日本東洋医学会学術総会(6月12日~14日)が富山で開催された。京都駅から金沢駅まで特急サンダーバードで約2時間、さらに北陸新幹線に乗り換えて15分で富山駅到着である。学会会場のANAクラウンプラザホテル富山にチェックインし、2日後に控えた演題発表の予行演習を部屋で行ったのだが、何度繰り返しても与えられた発表時間をオーバーする。いささか疲れてきたこともあり、気分一新、富山観光に出掛けることにした。乗り込んだタクシーの窓からは残雪を帯びた立山連峰が見える。夏の立山登山で、オンザロックならぬ雪の上に日本酒を注いで飲んだ酒がこれ迄で一番旨かったと運転手さんはおっしゃっていた。



出掛けた先は、国登録有形文化財「薬種商の館、金岡邸」である。富山の売薬業や薬業全般にわたる多くの貴重な資料や生薬が保存展示されていて、江戸末期の薬種商に始まる名家、金岡家の歴史が一杯詰まった館である。母屋の店舗奥、薬箪笥の上に掲げられた書額の「丹霞堂」は金岡家の雅称である。手入れの行き届いた、緑に溢れた庭園に面した一室には薬研体験コーナーがあった。硬い生薬2種類(橙皮、丁子)と柔らかい生薬2種類(薄荷、茴香)を薬研で擦り砕いて、細かく砕いた生薬を薬包紙に包んだ後に越中和紙の封筒に入れるまでを実習させて頂けるのである。硬い生薬は結構力を込めて擦らないと細片にならない。入魂の薬を作り上げるため、先人はこうやって日々もくもくと地道な作業を行っておられたに違いない。時が立つのを忘れて、薬研の上に身を乗り出して力を込めて腕を動かしていると、患者さんの為に自ら処方薬を作っていた頃の漢方医の原点に立ち戻った気がした。書物に記録された薬方を目の前で確かな形にしてゆく過程を実感することが、現代の漢方医からは失われている。いつしか一面に生薬の芳香が立ち込めていた。

使わせて頂いた四種類の生薬の基原や効能は以下の通りである。
橙皮(とうひ):ミカン科ダイダイの成熟果皮。理気薬で効能は行気健脾、降逆化痰(気を巡らせ脾胃の作用を整える、降気により痰を除去する)
丁子(ちょうじ)(丁香):フトモモ科チョウジノキの花蕾。温裏薬で効能は温中降逆、温腎助陽(脾胃を温め虚寒による逆気を降逆する、腎陽虚の陽痿、腰痛、陰部の冷えを改善する)
薄荷(はっか):シソ科ハッカの葉。解表薬で効能は疏散風熱、清利頭目、利咽、透疹(風熱の邪を透散し、頭や眼、咽頭の熱を冷ます、速やかに発疹させ熱毒を排出する)
茴香(ういきょう)(小茴香):セリ科ウイキョウの成熟果実。理気薬で効能は祛寒止痛、理気和胃(寒邪を除き、気を巡らせて冷痛を除く、胃気を整え消化を助ける)




薬研実習の後に金岡邸宅の母屋に続く新屋を見学させて頂いた。寒山拾得の二幅の掛軸がかけられた新屋の日本間には、剣山を据え置いた多くの水盤が整然と並べられていた。これから生け花のお稽古が行われるらしい。生薬の香が染みた、伝統と格式のある屋敷でお生けになるのはどのようなお花なのだろうか。また何時の日か再びお伺い出来た時には是非、拝見させて頂こうと思っている。



金岡邸からの帰りは、旧街道を抜けて立葵の花咲く野道を辿り、富山地方鉄道本線の東新庄駅に出た。鞄の中から立ち上る芳香に包まれて、ホームで富山駅行きの列車を待っている時間は少しも気にならない。富山学会旅行の贅沢な初日であった。

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