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「中屋雄造正直」鋸店の手作りの房州鋸(ぼうしゅうのこ)に初めて出会ったのは、百貨店で開催されていた日本の名工の物産展であった。小ぶりの花木用鋸を求めたのを御縁に、昨年、華道大和未生流の第二十六回いけばな展を控えた時期に、ふたたび関西で開かれた展示会にお伺いした。その際に持参した花木用鋸の目立てを御当主自ら点検して下さり、竹専用の鋸が必要ならばとお勧め頂いたのがこの竹工芸鋸である。房州鋸は木造船の制作に用いられる船鋸として江戸時代からの歴史を有し、使われる材料は日本刀と同じ安来鋼である。日本で唯一、房州鋸の伝統技法を守り続けておられるのが「中屋雄造正直」鋸店(三代目当主、粕谷雄治氏)である。
竹は通常の鋸で切ろうとすると、繊維が密集する固く滑らかな竹の表皮に刃がはじかれて、なかなか切り口を定めることが出来ない。やっとのことで切り落としても、いかにも雑なささくれだった断面になってしまう。房州鋸の竹工芸鋸を使うと、あたかも刃が竹の内部に吸い込まれてゆくが如く粛々と切り離すことができて、しかも上から覗かれても美しい竹の切り口を得ることが出来る。その違いは一目瞭然である。いまや花材に竹を使う時は決して欠かすことが出来ない鋸であり、最初の花木用鋸とともに、私のいけばなの大切な七つ道具となった。
耳鼻咽喉科学教室に入局してはじめて使用した鋭匙鉗子以来、職業柄、様々な鋏やメス、鉗子類等に触れる機会を得た。手術器械と同じく、専用の用途に応じて作り込まれた道具というものは、その手技を遂行する際に他の追随を許さない圧倒的な凄味を見せてくれる。彼等には、受け持つ役目を天職としてこの世に生まれ、究極まで鍛え上げられた道具だけが持っている風格がある。
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