風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

風の記憶

2010年04月19日 | 詩集「風の記憶」
Kazekioku


風が吹いていたね
ぼくはそれまで気がつかなかったけれど
きみが教えてくれた
休火山の放物線の山頂から
まっすぐに吹き降ろしてくる風だった


きみは言った
風の色が青いと
空の色に近く
水の色に近い
それは透明な青だと


その時のきみの
宙に浮いままの手の動きが
あれは
風をすくっているようだった


青は透明なのだろうか…
灰色の稜線にたち切られた空の
濃い青さのなかに
風の行方がとてもたよりなくて
きみの言葉をときどき
見失いそうになった


透明な風の向うで
ときおり両手をひろげて羽ばたこうとする
風のなかの風をたぐり寄せる
きみの指先がふるえていた
あれは
風のせいだったのだろうか


山の影がのびて
すこし蒼ざめた顔をして
きみとぼくは
そんな日があったね


過ぎてゆく
季節の手が
空の色にも届かなくて
水の色にも届かなくて
透明な風のなかに
きみはいた


(2004)


シーサイドホテル

2010年04月19日 | 詩集「風の記憶」
Umi5


窓から海が見えます
そんなことを書いて
絵葉書を出したことがあった


海の色あいの漠々として
隔たった広がりの先に
私の手はさまよってしまう
海にも塵が降り積もるらしい


半島のかたちは変わらなくて
裸の女が仰臥している
乳房に似てまるく突起した稜線を
修験者たちは越えていくらしい


フェリーの航跡が
白く伸びてゆく
あのひと筋は記憶に似ている
指を濡らして戯れた日々の
言葉は潮風に輝いて
ひとつずつ異なった貝の形をしていた


いつしか
色の層がはがれてゆき
さざめく潮がゆっくりと沈められて
風景がこんなに静かになってしまった
記憶もこうして
化石になるのでしょうか


どこへ行くのでもない
私もやっと旅行者になれる
足跡も残らない旅で
ここはシーサイドホテル
6階の605号室


(2004)


星の岬

2010年04月19日 | 詩集「風の記憶」
Kaze2_2


屋上の天体望遠鏡を
ほとんど水平に近い角度に傾けて
やっとその星をとらえたことがありました
あと3日の百武彗星
あれはアトランタオリンピックの年でした


歳月のことを星霜というけれど
わたしたちの頭上をぐるっとまわり
星も年輪をかさねているのでしょうか
あなたの天体望遠鏡は星の
いのちの始まりを見つめているのだと言いました


珊瑚と熱帯魚の行きどまり
4月の海のまどろむあたり
貝殻が打ち上げられた海岸線を走る
車のウインドウを少しだけ下げて
文旦の風をそっと逃がす
消えた彗星の尾のさきへ
ひろった貝殻を置いてきました


太平洋に口をひらいた岬の洞窟
……心ニ観ズルニ明星口ニ入リ
えらいお坊さんように闇をみつめる
あなたはいまも星を追いかけるひとですか


洞窟の奥から鯨の海をさがす
空とひとつに溶けあう深い午後には
奇跡の星が見えるでしょうか


もう星座の名前も忘れそうです


(2004)


スノーホワイト

2010年04月19日 | 詩集「風の記憶」
Yuki4


あまりにもどこも真っ白な
いちめんの雪の原
道のない道をあなたと二人で歩いた


あめゆじゅとてちてけんじゃ……
あなたは呪文のようにつぶやきながら
わたしがすくった雪のかたまりを口に入れる
ミクロの目をもっていたら
ここはお花畑か星空のようだろうね
と言った


あなたの後ろを歩いていくわたし
ミクロの世界には入っていけなかったが
あなたの大きな靴跡にわたしの靴を沈めながら
おどけた子供のような大股になったとき
お花畑が見えたような気がした


ああ 空が青すぎて落ちてきそう
あなたの恋人でも妹でもないけれど
この時だけはもしかしたら


ここには道だってない
あるのはふたりの靴跡だけ
雪がしっかり残してくれる
そして何もかも消してくれる
まがったてっぽうだまのような……あなたは
ただ黙々と歩いてゆく


道のない道の向こうに
直立不動で立っているおじいさん
笑顔があなたにそっくりで
わたしは頑固な父が立っているのかと思った
ふりむくと
いちめんの白い世界
ふたりの靴跡だけが残っていた


(2004)

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