おはなしきっき堂

引越ししてきました。
お話を中心にのせてます。

ラーメンの神様、再び

2023年03月26日 | 神様シリーズ
*****************************************************
会社を辞めた。
営業課長という名ばかりの役職で残業はつかず毎日深夜まで働かされる。
ところが、一人の社員が辞めたのがきっかけで次々と退職者が出た。
手に職がある現場の社員が主だったが、俺もある時ふと
「なにやってるんだろう」と言う気持ちになった。

残業ばかりで、また給料も安く妻はパートで働きながら一人で子育てを頑張っていた。
子どもが小学生になったのを機にその働きを認められて社員にとなった時点で、俺は多分彼女にとってお荷物になったらしい。
ある日、家に「しばらく少し考えたい」というメモを残して子どもと一緒に実家に行ってしまった。
実家と言っても近く、今までどうやら実家の両親に子育ての事も手伝ってもらっていたらしい。

メモを見て慌てて迎えに行くも、彼女の両親に「娘と孫はしばらくこっちで見るから」と言われて追い返された。

一人深夜に帰り、コンビニの弁当を開く。
しばらくその生活が続くと口の中が荒れてくるようになった。
洗濯物もたまりまとめて休日にするが、1週間置いた洗濯物の臭いはなかなかとれない。

妻はパートで働いているから、俺より働いている時間が少ないと思っていたのは大間違いだった。
コンビニ弁当にあき、たまに自分で料理を作ろうと思うも手際が悪く時間がかかりすぎる。
洗濯物はそういえば、彼女は毎日俺と子どもと自分のを毎日仕事前に干していた。
毎日の食事は欠かさず作り、子どもの世話を見て、掃除をする。
そして、パートとはいえ働いていた。
なんともすごい。

俺は帰宅して子どもと遊んでいる彼女を見て
「いいよな。遊んでいる時間があって」
などとひどい言葉を言った事も思い出した。

あれは遊んでなくはなく、子どもの面倒を見ていたのだ。
それを彼女が作った料理を食べながら、テレビを見て「疲れているんだから静かにしろよ」とかも言った事もあった。

叫びだしたい気分になった。

その時会社を辞めようと思った。
他の企業から即戦力として雇ってもらえる現場職ではなく、何もない営業職。
「取引先」というお土産を持っていけるほどの実績もない。

でも、辞めようと思った。

会社に退職届をだしたが、かなり引き留められた。
それでも、今までの「サービス残業」の記録をだし、辞めさせてもらえなければこれを持って訴えると言うと渋々受け取った。

辞めてから数日間は、どっと疲れが出て1日中寝ていた。
その寝てばかりの日からやっと復活をしてあたりを見回すと家の中がものすごくあれていた。
大掃除をした。
料理を頑張ってみた。
特にはまったのがラーメン作り。
焼き豚やだしなども一から作り、かなり自分でも美味しく出来て、妻や子どもにも食べさせてみたいと思った。
なぜ、今までしなかったのか?
よく「子育て・家事を協力している」と言うのも聞くがそれは大間違いだった。
なぜ、妻が主でしないと駄目だと思ってしまったのか。
本当は一緒にしないと駄目だったのだ。

家の中が綺麗になり、心の中もすっとしてやっと出かける気持ちになった。
出かけると行ってもハローワークだ。

いろいろな手続きをして、端末で求人の検索をする。
俺のような何のスキルもない男の条件でヒットするのは本当に少ない。

とりあえず今日はここまでにしておこうと建物の中を出ると同僚だった山藤君の姿が見えた。
そういえば、前の会社の最初の退職者が彼だった。
彼がきっかけでどんどん退職者が出たような感じだった。

向こうも気が付いたようで近づいてきた。
いろいろな情報交換をしようという事でそこにあったマックに入る。
喫茶店にと思ったが、今無職の状態で1杯何百円もするのはちょっといたい。

安いコーヒーを注文してお互いの状況を確認する。
彼は、どうやら結婚するらしい。
そして、彼女の実家の農園の仕事を手伝うのだと言っていた。
彼の顔は明るかった。

「軌道に乗ったらぜひ遊びに来てくださいね」と言う彼の言葉でお互いの連絡先を交換した。

帰路につくともうかなり遅くなっていた。
コンビニ弁当を買って帰ろうかと思ったが、ふと目に入った店に吸い寄せらせるように入っていった。

「中華そば 神林」

本当はこういった外食も控えた方がいいんだが、なんだか無性に食べたい。
店から誰かが呼んでいる感じがする。
ただ、メニューを見るとかなり安くコンビニ弁当を買うよりいいかと思った。
このところ自分でラーメンを作っているせいもあるかもしれない。

メニューはシンプルにラーメンとチャーハンと餃子だけ。
町中華って言うのかな。

「ラーメンとライス」と注文をすると70代ぐらいのおやじが

「はいよ!」と威勢よく言った。
出てきたラーメンはとてもシンプルだった。
でも、すごくほっとする味だった。
やはり自分で作るよりずっと美味しい。

ふうーと満足げなため息が出たときだった。

横から声がした。

「君、ラーメンを作りなさい?」

えっ?

ふと横を見ると・・・

仙人のようなじいさんがいた。

「えっ?」

じいさんが言った。

「わしはラーメンの神様じゃ」

えっ?えっ?えっ?

じいさんが俺の肩をポンポンたたいた。

「わしが一から教えるからラーメンを作りなさい」

俺はその手を振り払った。

その時店主がこっちを向き言った。

「あー、ごめんねーお客さん。そいつたまに現れてラーメン作りが好きそうなお客さんに声かけるんだ。厄介だから断って。それでそいつお客さん以外には見えてないから」

はあ???
また、じいさんが言う。

「ラーメン作れ、わしの言う通りラーメン作れ」

厨房の奥から若い男性が出てきた。

「俺も声かけられたんすよ。あっ、この店の息子です。親父から聞いていたから相手にしないできっぱり断ったんだですけどね。断ったら見えなくなりますよ」

店主が話してくれた。
なんでも店主は一時期このじいさんの言う通りのラーメンを作り続けていそうだが、ある日疑問を持って決別したらしい。
このじいさんの言う通りに作っていたらコストがかかりすぎるし、寝る暇もなくなる。
そして、流行っていた店をたたみ一から修行をやり直してこの店を作ったらしい。

「人間ね、いくら好きだと行ってもバランスが必要なんですよ」

息子さんが店主の年齢にしては若いと思っていたら、その修行が終わるころに結婚したそう。

配膳をしている50代ぐらいの女性が奥さん。

修行していたお店で働いていた女性なのだとか。

奥さんが言った。
「家族でやってますが、それが楽しんですよ」と。

息子さんが
「店は忙しかったけど親父もおふくろも俺も面倒をよく見てくれたんだ。常連さんたちにもかわいがってもらったし。俺は親父の味と自分の味でこの店を継ぐつもり」

いい家族だなと思った。
そして、ラーメンはシンプルなのに奥の深い味がした。

その話を聞いている間、じいさんは「ラーメン作れ、ラーメン作れ」とうるさい。

横にいた別の客が言った。

「俺も誘われたぜ、断ったけどさ」

常連のお客さんたちは結構声をかけられているらしい。
でも、ここのラーメンで満足しているのであえて作りたくないと言っていた。

こんな不思議なラーメン屋うわさになりそうなものだけど、みんな常連だから暗黙の秘密なのか。

ふと考える。
このじいさんの言う通り始めて見たら、成功するんだろうか?
店主は一時期行列の出来る店になったと言っていた。
でも、彼はサラリーマン時代に貯めた開業資金があり、他の知識もあったようで今の店の開業資金も出来たよう。
俺はと言えば、今無職でコーヒー1杯もけちる生活。
おまけに妻子と別居状態。
とてもとても無理だ。

それに店主も言っていたじゃないか。
寝る暇もなくなったって。
それなら、何のためにあのブラックな会社を辞めたのか。

じいさんがまだ言っている。

「ラーメン作れ、ラーメン作れ」

「断る!」

俺はきっぱり言った。

「あっ、そう」

と言ってじいさんはすーっと消えた。

「ごめんよ、お客さん。なんかわからんけどうちが気に入っていてたまに出るんだ。俺にはもう見えないけど」と店主。

「気配はなんとなく感じるけどさ」と息子さん。

「迷惑よね~.。でもラーメン好きな人がふらっと来てくれるのよ。きっと呼び込んでいるのね」と奥さん。

「俺も声かけられたよ。でもおやじさんの話を聞いたし、ラーメンはここのラーメンで満足だ。」
と少しあいた席にいた男性も言った。

なるほど常連たちも知っていてそれでこの店を守っているのか。

「たまに空いた席にラーメンを『おい、神様食えよ』と声かけて置いてやるんだ。いつのまにか半分ぐらい無くなっているけどきっと気に入らないんだろうな。その後新しい常連さんになる人がやってきて出来る」
と親父がふふっと笑う。

それにしてもこの家族この変な神様を上手く利用しているような気もする。
俺もきっとここの常連になる。
他のお客さんも交えて皆で笑った。

ちゃんと払うと言ったのに今回は迷惑かけたと言って、店主はただにしてくれた。
ありがたく好意を受け、今度妻と子と一緒に来ますと言って店を出た。

帰りに妻の実家に行き、帰ってきてくれるように頭を下げた。
妻の親父さんにはとことん説教をされる。
今、無職になった俺に妻は言った。

「しばらくの間、家事は任せたわよ。私も正社員になってまだ慣れてないし。でも、あなたが職をえたらまたちゃんと話し合いましょう。役割分担を」と。

娘がひょこっ顔を出した。
「私ね、パパはいるのよってママに言ったの」

俺は涙がポロポロ流れた。

「パパね、ラーメン作れるようになったんだ。帰ったら作ってあげるからね」
と言うと

「わーい!楽しみだ!」と娘が笑う。

「ただね、パパのラーメンより美味しいラーメン屋さんもあるからそこにも一緒に行こうな」と言うと娘は笑顔で抱き着いた。

「うん!パパとママと一緒なのは楽しみだ!」

俺はそのまま子どものようにワンワン泣き娘に頭をよしよしと撫でてもらった。
幸せってどこにあるのか?
俺の場合は会社ではなかった。

しかしそのまま、仕事が見つからないままもう少しすると失業保険の給付金の支給が切れそうになるころだった。

俺に2通の連絡が来た。
1つはあの山藤君から農業体験ツアーがプレオープンするので来ませんか?と言う招待だった。
正式にオープンする前に知り合いを呼んでいろいろと意見をもらいたいらしい。

娘も喜び「ぜひ!」と返事をした。

そして、もう1通は・・・

前の会社からの連絡だった。
社長からでもなく実権を握っていた奥さんからではなく、その娘からだった。
正直言うとあまりいい印象はない。
ダラダラといやいや仕事をしているような感じだった。
就職活動をろくにしないで入社したと思う。

あけると・・・時候の挨拶などに続いて

「お話させていただきたいことがありますのでご連絡いただけないでしょうか?」と言う字が目に入った。

俺は即削除をしようと思った手をふと止めた。
今頃になってどういう事だろう。
腹が立つことが多かったから、文句を言いに行ってもいいかもしれない。
聞くだけ聞いてやろう。


俺は電話をかけてみることにした。
何度かの呼び出し音の後、出た第一声が

「申し訳ありませんでした!」だった。

あまりに大きな声でスマホを落としそうになった。
なんなんだいったい?

*****************************************

えーっと連作なので次の話と連携します。
今回、イラストもかけずまた誤字脱字、文章のチェックが出来ずそのまま掲載してます。
ちょっと忙しく後日それをしようと思うのですが、置いていたらそのままになるのでとりあえずこのままで。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

農作物の神様

2023年02月26日 | 神様シリーズ


****************************************************************
お前んちに居る神様は、農作物の神様だって」

「えっ?」

夫の隆司と結婚して、私の実家の農園を手伝うようになって半年。
そんな変な事を隆司が言い出した。

「そっか、ラムは見えなかったんだな」

私の名前は、母がつけた俗に言う「キラキラネーム」で来夢(ラム)
30歳になった今、勘弁してほしい名前だ。
ただすごく流行った漫画の登場人物の名前だったらしく、意外と受け入れられている。
親夫婦がこの漫画のファンだったらしい。
私は、夫の事は「ダーリン」なんて呼ばないけど。

夫は、私と結婚する前に金属加工会社で総務にいた。
その前に銀行で勤めていたが、勢いで辞めてしまいいわゆる中小企業に再就職をしたけどそこがかなりのブラック企業で身体まで壊しそうになり、そして私との仲まで壊れそうになり退職した。
そして、今私の両親が経営する農園に入った。

うちは代々続く農家だ。
私はもうここを継ぐつもりがなく高校を卒業後に上京して専門学校に入り、そのままそこで就職をした。
田舎が嫌だった事もある。
距離が近くて鬱陶しい。
近所で秘密などないようなもの。
家と家が田んぼを挟んで離れているのにである。
ただ、長く一人暮らしをしてまたやはり隆司と一緒で終らない仕事に疲れていた。
深夜までするのはざらで自宅への持ち帰りは日常。
隆司を理由に私も逃げたかった。

その実家だが娘一人の為、先行きはどうなるのかと思っていたら、ここ最近何故か近所の休耕地などを買取ったり、借りたりしてどんどん農業の手を広げている。
近所も後を継ぐものがいなくて、どんどん荒れてきているので喜んで手放してくれるらしい。
農地法で簡単に手放すことが出来ないが、農家のうちの実家ならと。
あれだけ密接だった近所づきあいも人がいなくなり今では少し薄れている。
キラキラネームをつけるような母と仲が悪かった祖母も今はもういない。
ここもまた世代が変わってきているんだと思う。
どんどん広げて当然夫婦だけでは手が足りず、パートで人を雇ったり最近では、海外研修生を受け入れたりしている。
しかし、この夫婦さすが娘にキラキラをつけるだけあって、まったくの行き当たりばったり。
最近では、どうも経営に行き詰まり困っていたところに隆司が入った。

両親は大喜びだ。
早速隆司はいろいろな人事や経理などの改善案を提案してくれて半年でやっとまともになってきた。

ところで何故、こんなに手を広げてしまったのか?
ずっと疑問で父親に聞くと

「農業の神様がやれって言うんだ」と。

とうとう頭がおかしくなったのかと思っていたら、結婚前に挨拶に来た隆司が真面目にその神様の話を聞いていた。
その後隆司は経営の事だけじゃなく、両親から農業の事を学び始め最近では一緒に畑に出ている。
私自身はWEBデザインの仕事をしているが、結婚を機に独立をして自宅で仕事をするようになった。
自宅は借家で実家から車で15分の場所にあり、隆司はここから農園まで通っている。
なので私自身は直接は実家の事に携わってない。

「俺、手伝うようになってから見えてきたんだ。それに神様は俺の実家にもいたらしいし、実は前に勤めていた会社にもいたんだ」

隆司は、その「神様たち」の事を話してくれた。
隆司の実家にいた神様は「会社の神様」
会社と大雑把に名乗ったようだが、小さい会社を守る神様の様で大きな会社にはつかないらしい。
ものすごく儲からないけど、会社が潰れないように守る神様なんだって。
そして、前に勤めていた会社にいたのは「ブラックな神様」
この神様は、隆司の実家の神様と違い経営者はもうかるようだけど、勤めている人たちはかなり過酷な労働をしいられるらしい。
見えるのは経営をしていたり、深く携わっている人だけなのだと。

「で、うちの実家にもいるの?」

信じられないが聞いてみた。

「うん、ラムの実家には『農作物の神様』がいる」

「父は『農業の神様』って言っていたけど?」

そこで隆司はふむって感じで考えながら言った。

「厳密に言うと違うんだ。農作物の神様は田畑で作られる穀物や野菜を教えてくれる神様なんだ」

?????

私の頭に疑問符が並ぶ。
隆司は続ける。

「例えばさ『こんな変わった野菜があるから作りなさい』と言って育て方を教えてくれる。そしてその作物に祝福を与えてきっちりと収穫まで面倒を見てくれる」

「いいじゃない。やっぱりそれなら農業の神様なんじゃない?」

「ところが、次々と新しい物を植えろと言ってくるんだ。なのであの有様だ」

私はどんどん広がる両親の田畑を思い出した。
そういえば、ここ最近毎年「新しい作物」が増えている。
統一性がないし、収穫量にまとまりがない。

「神様ってさ、名前から聞くとすっごく有難い感じがするけど実際はそうじゃない場合もあると俺は思うんだ。前の会社にいた神様は経営者にとってはよくても従業員にとってはよくなかった。厄介な存在だ。でも、俺が見えて「要らない」と言って消えた所を見ると必要とされないと存在出来ないらしい」

「じゃあ、その農作物の神様にも「要らない」と言えばいいんじゃない?だって、うちの実家これ以上増やせないよ。かなりの自転車操業な感じがする」
「いや、この神様の知識や祝福自体はいいものであり害はないんだ。それで俺思いついたんだ」

隆司の計画を聞いた。
なるほどなと思った。
最近、私の仕事もやっと軌道に乗ったがそれだけで、収入は厳しくまた隆司も給料も当たり前だけど低く私も関わることにした。

隆司の案は、畑の一角を神様用の農地にする事だった。
一反に全部植えるのではなく、畝ごとに作物を替える。
そして農業体験ツアーとして売り出してみればどうだろうと。
自分たちが植えたものが収穫が出私も横で植えてみる。来るツアーだ。
毎年違う物の収穫もまた面白いかもしれないと。
神様の祝福があるので、うまく育つので客も収穫が確実に出来る。

面白いなと思った。

私がホームページやチラシなどを作成した。
また、変わった野菜が出来るので、その年の「パック」として通販で売り出すためのサイトを作った。
独立したために自分の営業活動もしなければならず、そういったものをポートフォリオの一環とし手持っていきついでにPRもする。

春になり、両親や従業員、そして隆司が耕した畑にまず第一弾の客たちが来た。
隆司の元会社の同僚だった人の家族も来ていた。
この人もあの会社を一度は辞めたらしい。
奥さんや家族とも別居状態だったそうだけど辞めて元の状態に戻ったそうだ。
しかしその後しばらくして、元の会社にまた戻ったと言っいた。
どういった経緯があったかわからない。

彼のお子さんだろう小学生ぐらいの女の子がニコニコ笑いながら、私の母が教えてくれるのを聞きながら苗を植えている。
今回のツアーは、隆司の両親も来ていて、一緒に参加していている。
義父母も息子と一緒にこういった事をするのは初めてだそうでとても楽しそうだ。
いい年になった息子とでも楽しいものねと義母が笑った。
私も横で植えてみる。
そのままずぼっと植えようとしたら・・・

「あっ、そうやったら駄目だと神様が言っているよ」と隆司が後ろを振り返りながら言った。

ゆっくりと振り返ると・・・うっすらと見えた。
神様が。



『もっと根をほぐして植えなさい』

そう笑いながら言った・・・ような気がした。

ツアーは好評のうちに終わり、収穫の時期にまた来てくださいと言って送り出した。
もし、これなくてもこちらから送る予定だ。

後で一緒に見送っていた隆司に言う。

「私も見えたような気がする」と。

「今もいるよ。後ろで植えた作物の手入れをしている」と隆司が言うので振り返ったが、何も見えなかった。

「きっとずっと関わっているうちに見えてもっと会えるようになるよ。ただ、それもそれで厄介なのは厄介なんだけどね」と隆司が笑った。

その後、両親と相談して主流に栽培する作物を決めた。
米もやはり作りたい。
今まで出荷にばらつきがあったが、他で作っていない珍しいものを特産品として売り出す計画やその品種の改良など神様では出来ない事を自分たちで考える。

神様は、一反だけだが自分が植えて欲しい物があるので満足をしているようだ。
ただ、困ったことにその一反だけが神様の加護があるが、その他の所はやはりいろいろなトラブルがある。
主に天候によるところが大きい。
そして、広げた農地のため「人」の問題も多々。
これは、この神様はまったくの役に立たない。
ただ、苦労して育てたものを収穫して出荷するときの気持ちは格別だと隆司は言っている。

実は、あれから私は神様は見えていない。
あのツアーのあとすぐにお腹に子どもがいることがわかり、広報活動はするけど畑などには関わらなくなった。
本来の自分の仕事が軌道になり忙しくなったこともある。
その後は出産、子育てと並行して仕事で余裕がなくなった。

今年のゴールデンウイークにツアー客がやってきた。
隆司によると今の神様のおすすめは「白いナス」らしい。

ツアー客に混ざり2歳になった息子がうれしそうに苗を植えている。
息子の名前を祖母である私の母が「ラムの息子だから・・・アタル?」とつぶやき、それを気に入った隆司が決め陽(アタル)になった。
母よ、それはダーリンだよ。
しかし、私も出来たら漫画の中の普通の名前にしてほしかった。
何故よりによってこの名前なのだ。

陽が「こんにちは!」と誰もいないところに挨拶をした。
ああ、そこに居るんですね。
神様は満足されているようだ。
私もまた見えるようになるんだろうか。
それともこの土地の後を継ぎそうな息子がお腹にいたから前は見えたんだろうか?

太陽を背にして大きな青い空と緑をバックに小さい手を土まみれにした息子が顔をくしゃくしゃにしながら大きく手を振った。
ああ、幸せだなと思った。

10代の頃、この田舎が嫌で都会に出た。
都会に疲れ果てて逃げて戻ってきたんだが・・・。
こんな所に幸せがあったのかと思うのと同時にでも出なかったら見つけられなかった幸せなのかもしれない。
ありがとう、神様。となんとなく思う。

********************************************
視点を変えながら続きます。

あとがきとして少しだけ。
よく、最初からこうやっていたらと思うかもしれないけど、いろいろとやってきた結果もあってこうなったと思う事が多々。
私も在宅の仕事をしながら、最初からこういった仕事があればなと思ったけど、外でいろいろとやった経験がなかったら出来なかったこと。

このシリーズの神様って「帯に短したすきに長し」がテーマ。
だけど利用次第では他の物にもなるかもって話。

来週の普通の絵日記の更新。
ちょっと事情があり、水曜日と金曜日に。

それでは、小説の方はまた来週の土曜か日曜日に。(不確定)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブラックな神様

2023年02月18日 | 神様シリーズ
以前書いた
ラーメンの神様をシリーズに
これは、その後というかこの主人公の息子の物語から。

**************************************************************
今日も残業。
もしかすると日付がまわるかもしれない。
俺は大きくため息をついた。

俺が勤めている会社は従業員50人の金属加工会社。
最初に勤めた銀行を辞めてこの会社に再就職したのが2年前。
総務関係で雇われたのだが、先月この会社で経理をしていた社長の奥さんが仕事中に倒れて入院したことで、急遽俺がすべての管理を任せられることになった。
小規模の会社の事なので総務と言っても経理や庶務もある程度は携わっている。
ただ、親族にしか帳簿を見せてない部分もありその対応に追われている。
入院中の奥さんは、気が付いてから他に任せることを渋っていたらしいが、もう出てこれる状態じゃなくまた経営者である社長はまったくこういった事が出来ない人だった。
実質の社長はこの奥さんだったのだと思う。
正直、銀行を辞めたのは失敗だったと思わざるをえない。
その時の上司と衝突をして、結局辞めることになったのだが、もう少しうまく立ち回れたのではないかと今になっては思う事ばかりだ。
再就職をと思ったときに、規模の小さなアットホームな会社をと思ったのは大きな間違いだった。

何故ならここはかなりの「ブラック」だから。
今、すべての帳簿関係を見るようになって余計にそう思う。
この会社の役員の名目で毎月結構な金額を入金しているのは、社長の愛人。
繁華街でスナックを経営している。
これは奥さん公認ようだ。
そして娘や息子も今会社にいるが、大した仕事もしてないのに給料はいい。
何より入院している奥さんの給料がすごい。
専務・常務・部長などはほぼ親族でしめている。
また、こいつらが仕事をしない。

だけど平の従業員の給料は安い。
以前、他の企業の人から
「お宅の社長、うちの従業員の給料はどこよりも安いって自慢していたよ」
とあきれる話を聞いた。

ふと思う。
俺の親父の印刷会社。
従業員が数人の小さな会社だった。
でも、親父は従業員を大事にして自分たちは贅沢をしていなかった。
大きな仕事には手を出さない代わりに堅実な仕事ばかり選んでしていた。
俺がどうしてもっと大きな仕事をしないのか?と聞くとよく
「うちには会社の神様がいるんだよ」とよく笑っていた。
神様がいるのだったらもっと儲かるんじゃないかというと、遠い目をして
「まあな。大きく望んだら駄目なんだ」と言った。
でも、従業員の人たちとの関係も良く、子供の頃は俺も遊んでもらったり一緒に旅行などに行ったりした。
そのことを思い出して、規模の小さい会社に再就職をと思ったのが失敗だった。

神様な・・・。
そういえば、この会社離婚率が異常に高い。
残業が多いのと長期出張が多いのが理由だと思う。
数年前、海外に工場を大手の協力企業として一緒に進出した。
少ない従業員の中、数人が半年の期間交代で行くことになった。
若手が少なく家族や子どもがいる家庭の人ばかり。
そりゃあ家庭不和になるわ。
出張じゃなくても残業や休日出勤をしないと給料が少なく、自然とそうなると家に居る時間も少なくなる。
俺のような独身者でも今彼女との仲が微妙になってきている。
35歳。
そろそろけじめをつけないとと思っていたのだが・・・。

「この会社には、『別れの神様』でもいるのかな・・・」とつぶやいた。

「違うよ」

えっ・・・。
どこから声がと思って振り向くと小さい老女がいた。

「私は『ブラックな神様』」

とうとう残業しすぎで幻影が見えるようになったのか?
黒いマントを着た小さなおばあさんだ。


「あの、勝手に入ってきたら困ります」というと

「あんたには私が見えるんだね。ああ、なるほどここの経理を任されたからか。実質ここは経理が会社をまわしているからね。それとあんたは以前は別の神が近くにいた経歴もあるようだ」

なんだ・・・このばあさん。

「私は、この会社を継続させる為にいる。会社を続けさせるために従業員を安い賃金で働かせる必要がある」

なんて事を言うんだこのばあさん。
俺は今月の給与の一覧を思い出していた。
基本給が非常に安く、残業をしないと生活が出来ない。
その残業も、名ばかり管理職や固定残業代などとうまく法をかいくぐり出していない。
課長クラスの管理職や固定で出されている営業職の人たちの離婚率が多いのはこの理由だ。
一定の手当しか出さない。
時給にしたら役職がない人より少ないんじゃないだろうか。
そういえば、俺も経理を任される事で課長になった。
まだ2年目なのに。
この経理を任せるという事で企業の裏側を見せるための昇進だろう。
しかし、びっくりしたのは仕事量が増えたのに、給料が減った事だ。
今までの仕事をして、その上社長の奥さんの仕事までしている。

毎日、毎日の残業で疲弊している。
それでも終らないので持ち帰りしたり、休日出勤したり。
彼女からはSNSの既読がつかないと文句を言われ、もう1か月も会っていない。
このままではやばいと思っていた。
俺は彼女の事がとても好きなのだ。

しかしそれらが、このばあさんのせいだったとは。

ばあさんは、ひひっと笑い
「さあ、どうやったら上手く『経費』を減らせるか教えるからね」
と言った。

ぞっとした。
このばあさんが言っている事は、従業員をどうやって「ただ」で働かせるかって事だ。

「あんたなんか要らない!」

俺は叫んでいた。

「そうかい」

と言ってばあさんはあっさり消えた。

疲れすぎて幻を見たのかもしれない。
でも、なんかすべてがばからしくなった。
俺は、仕事を残してもう帰ることにした。
出来ない事は出来ないのだ。

すっきりした気分なり、帰宅することにした。
帰り道で彼女にSNSで連絡をした。

「会えない?」と

驚いたことにすぐに既読になった。

「今からでも行けるわ」と。

俺たちは深夜営業をしているファミレスで会った。
今まで会えなかったことを詫びて、会社ももうやめることを告げた。

こんな俺でもまだ付き合ってくれるかと聞く。

「良かった。ずっと心配していたのよ。でも、このまますれ違いが続けばもう別れるしかないと思っていた。」

俺たちは手を取り合った。
無職になり再就職をと考えていると言うと彼女は

「それなら一緒にうちの実家で働かない?」と言った。
彼女の実家は農家だ。
今、農園として事業を広げているらしい。
農家としてと言うより、経営にかかわってほしいと。

「婿って事?」って言うと

「今時、そういった事は田舎でも言わないわ」と笑った。

いいかもなと思った。
なんとなく。
あの奇妙なばあさんがいる会社よりは。

翌日、出勤すると社長の奥さんが近く復帰することを聞いた。
それを聞き、奥さんが復帰してきたら退職をしたいという事を伝えた。
案外、あっさり聞き入れられた。
多分、会社内部の事情に詳しくなりすぎないのと役職を与えてしまったのを、復帰後に取り消せない為だろう。

それから1週間後奥さんが復帰してきた。
復帰後の第一声が

「なんで居ないのよ!」だった。

俺はわからないふりをした。

奥さんは俺に慰留をしたが、居ない間の引継ぎを済ませた後、会社を退職した。

その後、彼女の実家に挨拶に行き、結婚と同時に農園の経理や経営に携わる事を正式に決めた。
彼女の実家は、ご両親が何人かのパートの人を雇い農家をしているが、手広くなり経営の事は素人なのでまわらなくなってきて、俺が入る事が非常に喜ばれた。

一緒に住むのではなく、近くで家を借りることして出勤という形をとることにした。

俺の両親にも挨拶に行く。
やっぱり非常に喜んでくれた。
子どもの人生は子どもの人生だから家とか関係なく、自由に生きたらいいと。

印刷会社はすでにたたんでいた。
俺は結構遅くに出来た子だったため両親はもう70歳をこえている。
今は二人で旅行に行ったりと楽しく過ごしているらしい。

俺は親父に聞いた。

「なあ、神様はまだいるの?」と。

「いや、もう居ないんだ。だって会社はもうないからね。でもまたどこかの会社に居るのかもしれない」

無言のまま二人で笑った。
俺は元会社にいた「ブラックな神様」より、親父の会社にいた神様はいい神様だったんじゃないかと思った。

その後ハローワークに離職などの手続きに行ったときに、あの会社の課長職の人に会った。
俺が辞めた後、辞める人が続出したらしい。

手に職がある人が多く、他の企業からの受け入れも結構ありみんなあっさり辞めたのだいと。
その課長職の人も辞めたのだと言った。
数か月前から奥さんと別居状態になっている。

やり直したいと今から行くのだと言う。

「頑張ってください」と俺は言った。

きっと、大丈夫だと思う。
あの会社はどうなるんだろう。
ブラックな神様が居なくなって。

あのあと、すぐに税務署と働基準監督署かの監査がはいったらしい。

あれは、神様なのだろうか?
いや、経営者にとっては神様なんだろうな。
黒いマントでいろんな物からうまく隠していたんだろう。
従業員にとってはそうでなくてもあの一家にとっては、神様だったのだろう。
その神様がいなくなった後はどうなるのか。
自分たちの力でちゃんと経営できるのか、それとも今まで通りブラックなままで終わりを迎えるのか。
それは、俺には分からない。

彼とお互いの連絡先を交換して、俺は彼女と待ち合わせていた喫茶店に向かう。

彼女とコーヒーを飲みながらこの後の事を相談する。

「しかし、まったく素人の俺が大丈夫だろうか?」と言うと彼女が

「大丈夫じゃない?うちの父親が言うにはうちには「農業の神様」がいるらしいから」

とふふっと笑った。

なんだ・・・いろんな所にいるんだなと思った。
ただ、その神様は「いい神様」なんだろうか?
とちょっとだけあの黒マントのばあさん神様の事を思うと不安になった。

***************************************************************

次、また別の話から。
連作になります。

実は最初この話は、以前いた会社の経験から「別れる」「縁切り」にしようかと思っていた。
私がいる頃はそうでもなかったんだけど、辞めた後ぐらいから「えっ?」って感じで壊れる家庭が多いことを聞きびっくりした。
ただ、よく考えるとその原因は、この物語に書いたような事なんだと思い「ブラックな神様」とすることにした。
半分ほどは、本当の事だ。

このシリーズ多分あと4話ぐらい続きます。(多分)
土曜日更新で。
以前に書いたのは、かなり年月がたっているのでこの話と続くようにおいおい訂正をしようかと。

それでは、また来週に。

(何度か読み直して誤字脱字や改稿すると思います)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ラーメンの神様

2008年09月20日 | 神様シリーズ
同僚の神林が急に会社を辞める事になった。
会社での成績も優秀で若手の出世頭になるだろうと評判の男だった。

何故?と思っていると送別会のあと「酔い覚ましにちょっとだけ食べないか?」と言われ一緒にラーメン屋に行った。

「ラーメンとライス!」と神林が頼み俺もそれにならった。

「なあ、なんで会社を辞めるんだ?」俺は神林に聞いた。

「俺、ラーメン屋を始めようと思うんだ」

「へ?」
あまりに唐突なので俺は目を白黒させた。
「お前、ラーメンなんて作れたっけ?」
俺のびっくりした顔が面白いらしく、神林はゲラゲラ笑った。

「いや、作れないし、知識もない。でも、出会っちまったんだ」
神林はおやじが差し出したラーメンを受け取りながら言った。

なんだ、ラーメン屋の娘とでも結婚するのか?俺が首を傾げると神林はニヤッと笑いこう言った。

「ラーメンの神様にな」

おいおい、仕事のしすぎで頭がおかしくなっちゃたのか。

「俺がラーメン好きなの、お前も良く知ってるだろう。
結構、休日とかでもラーメンを食べにあちこち行ってたんだ。
するとあるラーメン屋に入った時にな、小柄なじいさんに声をかけられたんだ。『君、ラーメン作りなさい』ってさ。
不思議なことにそのじいさん宙に足が浮いてるんだ。
『あんた、誰?』って俺が言うと『わしはラーメンの神様じゃ』って言って俺の肩をポンポン叩くんだ。
『馬鹿にするな!』と手を払おうとしたらスカッて感じで手が抜けていくんだ。
ふと周りを見渡すとどうやら他の客には見えないらしく、俺が一人で騒いでいるように見えるようでおかしな奴だって感じでじろじろ見られていた。それで俺は慌てて店を出た。
俺の後にじいさんがついてきて、自宅まで・・・。確かにじいさんの前でドアを閉めたのに何故かじいさんは俺の横にいるんだ。そして『ラーメンを作りなさい』って言い続ける。
俺は観念して材料を買いに出た。じいさんはスーパーであれを買え、これを買えと指示をし、家でその買った材料の調理の仕方を指導してくれた。・・・そして出来たラーメンは驚くほどうまかった。今まで俺が食べたどのラーメンよりも。これを世に出さない事はないと思い、一大決心をして会社を辞めてそのラーメンの店を出すことにしたんだ。」

なんともとんでもないうそをつくものである。
だけど、神林はラーメンの店を出す決意は本物らしく、退職金などで資金を作りもう店舗も押さえてあるといった。

ラーメンを食べ追え、神林と別れた。
神林はまだ気楽な独身だ。俺なんかと違って冒険ができるんだな・・・そう思いながら帰路についた。

それから数ヶ月、ゴロゴロと寝転んで何気なくテレビを見ていると「行列が出来るラーメン店」の特集をしていた。
すごい行列、こんなのに並んでまで食べたくないなと思っていると妻が叫んだ。
「あなた!神林さんがテレビに出てる!」
俺は「えっ?」と思いテレビを良く見た。

本当だ!神林だ!

テレビの神林にレポーターが質問している。
「数ヶ月前まで普通の会社員だったのにどうやったらこんなに繁盛させる店が出来るんですか?会社員でいる間もラーメンの研究をされてたんですか?」

神林は答えた。
「いや、ラーメンの神様がついているですよ」

そしてレポーターと共に笑った。

後日、妻と一緒に神林の店にラーメンを食べに行ったが本当に驚くほどうまかった。
神林に「成功おめでとう!」と心から言ったが、「ありがとう」と言う神林の顔が少し曇って見えたのが気になった。

それからまた数ヶ月がたった時、俺のおやじが倒れた。
俺のおやじは小さい印刷会社をしていた。一命は取り留めたがもう働くのは無理な親父のたっての願いで俺は決心をし跡を継ぐことにした。
なんとか妻も賛成してくれて俺は従業員3人と小さいながらも会社の経営者になった。
この不景気なときに親父の会社は毎月決まった量の仕事が入ってきて月々の暮らしは困らない。
子供の頃から不思議だった。景気のいいときも悪いときも一定量だ。
もう少し手を広げてみればどうだろう・・・と考えていたとき、事務所の隅に小さい貧弱な男の人が見えた。
「どなたですか?勝手に入ってきてはこまりますよ」と俺が言うとその男の人が答えた。

「私はこの会社の神様じゃ」



なんて事だ。神林の妄想が俺にまで移ったのか?一瞬俺はそう思った。
すると少し起き上がれるようになった親父が後から言った。

「ほう、お前に見えるのか。その人はこの会社の神様だよ。大切にしなさい」

驚いて俺は親父のほうを見た。
なんだって?親父にも見えてるのか?

親父の話はこうだった。
昔、何かを始めようと思ったときにこの神様に出会ったそうだ。
そして神様の言うとおり印刷会社を起こした。
大きな仕事は入らないが、一定量の仕事が神様の言うようにしてれば毎月きちんと入ってくると。
だから、あのバブルの崩壊後も生きぬけてこれたと。

俺はなんだかほっぺたを漫画のようにつねりたくなった。
痛い・・・夢じゃないのか。

「もうわしはお前に会社を譲ったから神様がぼんやりとしか見えんが、どうやらお前にははっきり見えているようだな。これで完全に隠居が出来る。よかった、よかった」
親父はそう言って笑った。
ふと見ると神様と言う男もやっぱり貧弱そうに笑っている。
・・・貧乏神じゃないのか?一瞬そう思ったが会社が存続してるし、裕福とはいえなかったが俺の家もまた従業員の家も暮らしがなりたっている。
やはり神様なのか?

それから、親父の支持で営業で取ってくる仕事はすべて神様に相談することになった。
大抵は「受けて良し」と言う返事だがたまに「それは駄目」と言う返事が返ってくる。
それは駄目と言った仕事は他が受けたらお金が回収できなかったり、いい仕事だと思っていてもクレームをつけ値段を下げられたと言う話を聞いたりした。
いい仕事だけがうちに回ってくる。

ただ・・・大きな仕事は回ってこなかった。
それでも、社員の給料と会社の経営に必要な資金は毎月ちゃんと稼げた。
神様がいる限り、安定なのか?

そんなある時、以前勤めていた会社から大きな仕事を頼まれた。
どうやら契約していた印刷会社が急に倒産し、急いでしてくる会社をさがしていると。
急なことなので少し単価を上乗せしてもいいという話だった。
自分が勤めていた会社だから信用もできるし、なにより次からも大きな仕事をもらえる。
経営と言うのが面白くなってきた矢先に舞い込んだ話なので俺は神様に
「これは受けましょう!」と言った。

しかし・・・答えは「それは駄目」だった。

「何故?」と聞いても「それは駄目」と言うばかり。

俺は引き受けたかったがいつものように何か理由があるんだろうと思い「今仕事が立て込んでて引き受けられません」と断った。

しばらくたってその仕事を他社が受けて大きな利益を上げたといううわさを聞いた。

俺は憤慨して神様を怒鳴った。
「何故、駄目って言ったんだ!何にも問題なかったじゃないか!」

するといつもは「それは駄目」しか喋らない神様が

「だって、大きな仕事はわしの能力じゃ無理じゃ。ほどほどがいいんじゃよ」

俺が唖然としていると親父がふっと現れて

「欲を出したらいかん。ほどほどだ」

と言った。

俺はふてくされて街に出た。
あの神様は本当にうちの会社に必要なんだろうか。いない方が会社を大きくすることだって出来るんじゃないだろうか。

ふと顔を上げるとあの神林の店の前に立っていた。
数ヶ月前、あれだけ行列が出来てたのに今は誰もいない。

俺は扉を開けた。

「いらっしゃい!おっ!久しぶり!」

ガランとした店の中で神林が一人ラーメンを作っていた。

「まっ!食べていけよ」

と神林はラーメンをすぐに作って差し出した。

俺は一口すすって「えっ?」と思った。まずくはないが、あの数ヶ月前に食べた衝撃的にうまいラーメンではない。

「どうしたんだ?神様がついていたんじゃないのか?」

すると神林は笑って「追い出した」と言った。

神林の話はこうだった。

確かに神様のおかげで行列が出来る店になったと。ただ、ある日、ふと気がついた。神様の言うとおり作っているラーメンは『俺のラーメンではない』と。それで、神様が言うレシピと違うものを作るようになった。そうするとしばらくすると神様はふいっといなくなってしまったらしい。
そしてその途端に客が激減してしまったらしい。

「でも、これから研究してもっと美味しい「俺のラーメン」を作るから大丈夫さ」

神林はそういって豪快に笑った。
そうだった、この男はいつも努力の男だった。
いつかは自分の味を見つけるんだろう。

俺はラーメンをもう一口すすった。
神林らしい味がした。

ラーメンを食べ終わると俺は神林に「頑張れ」と言って握手をかわし店を出た。


俺のラーメンか・・・。
神林には自分のところにも「神様」がいるといえなかった。
今のままでは俺のところも「俺の会社」とはいえない感じがする。
神様に操られている会社だ。

俺も神様を追い出すか・・・と思ったが、その途端に妻の顔、親父の顔、従業員の顔が目に浮かんだ。

あの神林の店のようなガラガラの状態には出来ないな・・・。

俺はなんだか少し悲しくなって空を見た。

夕焼けで空が燃えているようだった。
自分への挑戦。

俺は首を振ってその考えを振り払うようにして家路を急いだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする