かわ遊び・やま遊び雑記

アユ・ワカサギ・ヒメマスなどの釣り情報と自然観察や山菜採りなど自然の中で遊び回った記録や雑記

都会は苦手だ!

2009年11月08日 | 一般

土曜日から久しぶりの東京です。仕事の出張や家族サービスなどでも都会や人ごみは大の苦手なのですが、今回は長男のところの孫たちの七五三ですので仕方なく出かけました。

水天宮で御祈祷をしてもらったのですが、滅茶苦茶な混み具合でご祈祷も10組くらいずつが流れ作業的に行なわれて、なにか御利益が薄いような気がしないでもないのですが。

そしてオモチャを買ってあげるとのことで人形町から銀座へ行きます。途中にこんなものが・・・からくり時計の「人形町のからくり櫓」というものだそうで、今日(7日)がお披露目で式典が行なわれているところでした。


銀座は歩行者天国で七五三の着物姿は注目の的、外国人に呼び止められては写真を撮らせてとせがまれて結構時間がかかってしまいました。私は、人ごみを歩くと頭が痛くなってしまいますので早く帰りたいのですが・・・。


次は築地の老舗:寿司岩さんで食事・・・都会はこういう美味しいものが食べられて良いことは良いのだけど・・・。


昨夜は息子の所へ泊まったけど丸ビルや新丸ビルが聳え、星ひとつ見えません。やっぱり私には田舎が良いや・・・。



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ぐんまのアユ事情: 番外編・昔の利根川にはサケはいなかった

2009年11月08日 | 釣り一般
11月に入ってアユの産卵がほぼ終りアユ仔魚が川を下っている頃ですが、逆に海からはサケが産卵のために利根川を上り始めています。今年も既に2689尾(11月5日現在)と過去最高のペースで遡上しているようです利根導水総合事務所:サケの遡上データ
利根大堰のサケ遡上調査は12月25日まで行われるのですが、最終的に平成19年は4769尾、平成20年は5606尾が遡上しました。平成20年は調査を始めてから最高の遡上数でしたが、今年は現時点ではそれを上回るペースなのです。川の浄化や放流事業が良い結果をもたらしたのでしょうかね・・・。


ところで夢を無くすような話かもしれないのですが、江戸時代より以前は利根川にはサケが遡上していなかったというお話を・・・。
まず利根川の流れについてですが、江戸時代以前は下の図に示したように利根川は東京湾(江戸湾)に流れ込んでいました。そして渡良瀬川は利根川に平行して、荒川は利根川の支流として東京湾に流れ込んでいたのです。また、現在の銚子に流れ込む利根川の流れには鬼怒川が流れていました。(黒い文字)


江戸時代になって江戸を洪水から守ることを主な目的として国家プロジェクトの利根川東遷と荒川西遷という大事業が行われ、黄色で示した部分を繋いで利根川を鬼怒川の流れにのせて東へ、荒川を当時の入間川の流路にのせて西へ遷したのです。さらに舟運などのために旧渡良瀬川の流路は江戸川となって利根川から分流して東京湾に流れ込んでいるのです。(赤い文字)

一方、太平洋側のサケは銚子付近が海流と水温の関係で南限となっていて、東京湾は海流の関係でサケは入って来られないのです。(駄洒落で「さけはちょうしがよい」=「酒は銚子」=「鮭は銚子」というのがあるそうですが・・・上手いこと言うものですね!)
以上のことから江戸時代以前に銚子に流れ込んでいなかった利根川や渡良瀬川にはサケは遡上せず、鬼怒川など当時銚子付近で海に流れ込んでいた川に遡上していたと言うことになるのです。

ただし、江戸時代以前にも鬼怒川などと旧利根川や旧荒川を繋ぐ水路が有ったようで、ごくまれに旧荒川などに迷入したサケがいたようで古い記録に残っているとの話もあります。


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