影車 水本爽涼
第八回 不用普請(8)
21. 仙二郎の住居(同心長屋・外)・夕刻
仙二郎が勤めを終えて帰ってくる。入口で待っていた芳婆。
芳婆 「仙さん、いつもの残りもんだけど、よかったら食べとくれ」
と云い、小鉢を仙二郎に手渡して去る。
仙二郎「助からあ、いつも済まねえな」
芳婆の後ろ姿に、ひと声かける仙二郎。
22. 仙二郎の住居(同心長屋・内)・夕刻
中へ入って小鉢を棚へ置くと、雪駄を脱いで畳へと上がる仙二郎。
刀を腰から抜き、刀掛けへ置いて、大欠伸を、ひとつ打つ。そして、
表を振り返ると、いつの間にか現れた、お蔦が微笑んで佇む。
仙二郎「なんだ…お蔦か」
お蔦 「『なんだ…お蔦か』とは、偉い御挨拶だね(小笑いして)」
仙二郎「何か分かったか?」
お蔦 「ああ…、あらまし、だがね」
仙二郎「そうか…」
お蔦 「奉行の堀田と配下の寺脇、美濃屋、それに与太烏の茂平っ
て所(とこ)だねぇ」
仙二郎「奴ら、随分、阿漕(あこぎ)な真似をしてるっていうじゃねえか」
お蔦 「お察しの通りさ。並みのワルだがね。それよか、伝助の長屋
が危ないから、孰(いず)れにしろ、放っとけないよ」
仙二郎「そうだな。伝助絡みってことを忘れてたぜ。大したワルじゃね
えが、手筈をつけるか。三日後、宵五ツ、皆を集めろい。いつも
の小屋だ」
お蔦 「あいよっ!」
仙二郎が、ふたたび入口の、お蔦へ目線を投げると、お蔦の姿は既
に消えている。
23. 河川敷の掘っ立て小屋・夜(五ツ時)
木枯らしが吹く寒い夜。仙二郎を頭目に、五人の影車の面々が一堂
に会している。隙間風に時折り揺れる土間に立てられた蝋燭の炎。
仙二郎「今回の手筈は、今一、盛り上がらねえが、まあ宜しく頼まぁ」
お蔦 「堀田、美濃屋、与太烏でいいのかい?」
仙二郎「そうだな…。堀田とその下役の寺脇、美濃屋は善兵衛だけで
いいだろう。与太烏は悪そうな子分も含めてな…」
留蔵 「伝助も塒(ねぐら)を壊されるとなりゃ、ずっと宿無しが続くか
らな。人ごとじゃねえや」
伝助 「そういうこってす…(殊勝に)」
一同、笑う。
仙二郎「それじゃ、手筈どおり頼んだぜ。金はいつもの後払いで、お蔦
に届けさせる」
伝助、仙二郎の言葉が終わるや、土間に直接、立てられた蝋燭の炎
を吹き消す。暗黒の闇。