影車 水本爽涼
第九回 追っ手(7)
14. 蕎麦屋の屋台(外)・夜
木枯らしが舞う街通りと屋台を、カメラ、ロングに引く。
15. 留蔵の長屋(内)・昼
仕事熱心な留蔵だが、流石に正月は休んでいる。杯を干す留蔵。
うす汚れた着物だが、これでも常に着る襤褸(ぼろ)よりは増し
な、留蔵にとっては正月用である。そこへ、いつの間にか、音も
なく家内へ入った、お蔦が立っている。
留蔵 「門付けは、しねえのか?」
お蔦 「正月早々、それはないだろ」
留蔵 「ああ…、まあそうだな。どうだ、一杯、やってくか? 大
して美味くもねえ酒だが…」
お蔦 「肴は酢醤油の蛸の足かい? 時化てるねぇ」
留蔵 「はは…(小笑いして)云いやがったな。大きなお世話でぇ」
お蔦 「伝助の所(とこ)も寄ったんだがね。あいつは、もっとひど
いよ」
留蔵 「だろうな…(微笑んで)」
お蔦 「(敷居を上がりながら)むさいところは、似たり寄ったりか…
(辺りを見回して)」
留蔵 「(盃を、お蔦の前へ突き出して)不満もあるだろうが、正月
だから、その辺で勘弁してくれ(微笑んで)」
お蔦、それには答えず、出された盃を屈(かが)んで手にする。留蔵、
銚子の酒を、お蔦の杯へ注ぐ。お蔦、それをグィッと、一気に飲み
干す。
お蔦 「又さんは元気でやってるかい? 暫く御無沙汰だけどさぁ」
留蔵 「又吉か? あいつぁ、人間じゃねえや、化け物だ(笑って)。
正月だっていうのによぉ、夜にゃ店だしてるそうよ」
お蔦 「へぇ~、そりゃ、御苦労なこった。又さん、頑張ってるんだ
ねえ」
留蔵 「藩に仕官してた頃から、ああいう奴だったな…」
お蔦 「そうだった。二人ゃ、同じ藩の浪人だったよねぇ?」
留蔵 「ああ…」
お蔦 「(蛸の足を摘んで口へと運び)屋台が出てんなら、今夜でも
寄っとくよ」
留蔵 「正月の挨拶か?」
お蔦 「いいや…、暫く会ってないからねぇ。ちょいと、様子見だ
よ」
留蔵、ニタリと笑って杯を干す。長屋を回る獅子舞い講社の笛、鉦の
音S.E。S.E=横笛と小鉦を叩く音。