影車 水本爽涼
第九回 追っ手(14)
仙二郎「どっちが四分でぇ?」
お蔦 「十手の方が少しは増しだろうが、三人に丸陣を組まれりゃ、
油断は出来ないよ」
仙二郎「算段を充分考えてからの手筈、ってことにしよう。又や留を
上手く動かさなきゃな。奴らに外で動かれりゃ、仕留めるのは
難しいぜ…。それよか、三人を首尾よく始末したとしてだ。伊賀
から、また新(あら)手を送ってこねえか?」
お蔦 「丸陣が倒されたと聞き、諦(あきら)めるだろうさ。それ以上の
腕は私が知る限り、今の伊賀じゃお頭(かしら)ぐらいだから
ね…」
仙二郎「そうか…。それじゃ、明日の宵五ツ、いつもの所(とこ)だ。皆
を集めろい」
お蔦 「分かったよ…。これ、少ないが皆に渡しておくれ(袂[たもと]
より、小判三枚を取り出して)」
三両を仙二郎に手渡す、お蔦。仙二郎、受けとると、
仙二郎「お前(めえ)が殺られちゃ、俺達の世直しも、それまでよ。皆、
金なんぞいらねえと云うだろうが、一応、預かっておこう」
と云いながら袂(たもと)より内へ手を通し、金を懐へと納める。お蔦、
それを見届けると、橋を忍び風に素早く走り去る。
31. 河川敷の掘っ立て小屋・夜(五ツ時)
粉雪の鱗粉が舞い飛ぶ肌寒い夜。仙二郎を筆頭に五人の面々が
一堂に会する小屋の中。土間に立てられた蝋燭の炎が、時折り、隙間
風に激しく揺れる。
仙二郎「相手は凄腕の忍びだ。云ったとおりの手筈でやってくれ。伝公
…今回ばかりは、お前(めえ)の出番はねえぜ。万一の連絡役
を頼む」
伝助 「合点! 上手(うめ)ぇ具合(ぐえぇ)に、晒した時の立て札が
底をついてやして、作ってる矢先で…」
全員、どっと笑う。
仙二郎「お蔦から一両ずつは預かってるが、お前(めえ)達、銭は、いる
けぇ?」
又吉 「馬鹿を云うねえ。俺達だって藩から追われの身よ。お互(てげ)
い様だ」
留蔵 「そうともよ…」
仙二郎「そう云うとは思ったが、一応、訊いた迄だ。伝助は休業だし
な(伝助を垣間見てニタッと笑い)」
留蔵 「十手は、どうなんだ?」
仙二郎「俺か? 俺が受け取るわけがねえだろうが…(三両を、お蔦に
返し、笑いながら)」
又吉 「やはり、頭(かしら)だけのことはある」
仙二郎「はは…、見縊(みくび)ってやがったな」
また、全員、笑う。