水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《教示③》第二十一回

2010年05月07日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《教示③》第二十一
 ここで左馬介の機転の工夫が炸裂した。外箱を逆さにして置き、外箱をゆっくりと両手で上げる。当然、外蓋は裏を向いてそのまま岩盤上にある。一端、持ち上げた外箱を下へ置き、灯明皿の入った内箱を、裏返った外蓋の上へ置く。そして、下へ置いた外箱を持つと、その内箱の載った外蓋の上へ、すっぽりと逆さのまま被せた。 それも、外箱と外蓋は少し、ずらせて隙間を開けておく。こうすれば燃え続ける為の空気は入るから、火は消えない寸法だ。しかも、飛沫(しぶき)や外気の激しい流れ、即ち、滝の瀑水が落下する時に生じる風を遮(さえぎ)ることにもなる。咄嗟(とっさ)の閃き、これも神仏の加護に他ならない…と、左馬介には思えた。
 風呂敷で外箱の上を覆い、両手に持ちながら左馬介はふたたび滝壺へと浸かっていく。入った時と同じで側面より迂回する道筋を選んだが、今度は入った時とは違い、箱を両手に携(たずさ)えているから、躓(つまず)いたりすれば命取りになる、素人考えならば、消えたとしても滝壺から抜けた時、もう一度、着火して灯しゃいいじゃないか…ということにもなるが、左馬介はそう迄して幻妙斎の教示を受けようとは考えてはいなかった。そうすることで事を成就することは容易(たやす)いが、それでは剣の教示を受ける意味がない、と左馬介は考えたのだ。


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