残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《霞飛び①》第十二回
「はあ、…それはまあ、そのようですが…」
「今夜、そっと二人で離れへ行って確かめてみましょう。そうすれば、分かることです」
「樋口さんが先生の庵におられるとでも?」
「まさか、幽霊ではないでしょう。樋口さんは影番ですからね。先生の命で…、ということも有ります」
「先生ならば、如何されます?」
「有りのまま云えば宜しいではありませんか。灯りが灯っていたから見回ったと…」
「なるほど…。では、そのように」
話は案外、すんなりと纏まった。その夜、左馬介と鴨下は戌の下刻に示し合わせ、離れかの庵(いおり)を見回ることにした。無論、見回るといっても、灯った形跡があるかどうか…といった程度である。
辺りが暗闇に覆われた頃、二人は摺り足、差し足、忍び足…と、道場の裏口を抜け、離れの庵へと向かった。庵の手前には上手くしたもので、頃合いの生け垣がある。その垣から恐る恐る庵を覗くと、やはり鴨下が云ったように、障子戸に映る行燈(あんどん)の灯りが見て取れた。