残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《霞飛び①》第十四回
左馬介は一瞬、背筋に寒気を感じた。当然、鴨下も少し身震いをしている。
「や、やはり、灯っていますよ…」
「そのようです」
左馬介は出来得るだけ平穏を装った。少しずつ二人は庵(いおり)へと近づき沓脱石、(くつぬぎいし)より上がる。そして、障子戸の隙間より中の様子を窺った。
「妙だ…。誰もいないようですね」
「はい…」
左馬介が、そう返した時だった。聞き覚えのある声がした。樋口に他ならなかった。
「如何したのだ、御両所?」
二人は声がした背後を振り返って見た。偏屈者で名が知れた樋口が怪訝な表情を浮かべて立っていた。
「なんだ…、樋口さんでしたか。いやあ、驚きましたよ」
「なんだ、は無いだろう、秋月」
左馬介が放った言葉に、樋口は苦笑いしながら直ぐ返した。左馬介も釣られて笑った。
「いや…失礼しました。それにしても久しぶりです」