水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《霞飛び①》第七回

2010年05月23日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《霞飛び①》第七
 幻妙斎は、やはり岩棚で静穏に座しており、辺りの所々に灯る燭台の灯りも、いつもと変わりなく洞窟内を照らしていた。一見、何の出来事もなく稽古が推移し、そして終わるように左馬介には思えた。
「来たようじゃの…。では、いつぞやと同じ位置から飛び降りるがよかろう。しかし、今度(こたび)は、儂(わし)がその先駆けを致そうぞ」
 云い終えた直後、幻妙斎の姿は既に岩棚にはなく、左馬介が以前、飛び降り稽古をしていた岸壁へと移っていた。瞬時の出来事ながら、どうやら師は空中でトンボを一回、きって舞い降りたように左馬介には見えた。
「五尺ばかりは飛び降りるというより、儂には歩を進める程度のものじゃが…」
 そう云うや、幻妙斎は、ひらりと飛び降りた。いや、そういうよりか、軽く片足を前へ踏み出した風に左馬介には見えた。
「どうじゃ、よく見ておったかの? 何も力などは無用なのじゃ。ははは…、少し戯言(ざれごと)が過ぎたようじゃな…」
 その言葉を口にした直後、幻妙斎はふたたび姿を消した。今度は瞬時に軽く舞い上がったように左馬介は感じた。


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