水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

隠れたユーモア短編集-87- 斬る

2017年10月14日 00時00分00秒 | #小説

 よくもまあ、これだけ生えるなあ…と、下地(しもち)は家庭菜園の雑草を見ながら、ふと思った。ほんの一週間ばかり前、完璧(かんぺき)にやっつけたはずだった。それが、である。今朝、何げなく地面を見下ろすと、すでに1cmばかりも伸びた草が、『なにか?』と、さも当然のように自分の存在を主張しているではないか。下地は、『なにが、なにか? だっ!』と、言われてもいないのに腹が立った。よしっ! いいだろう…。スパッ! と斬ってやるっ! と、下地は歯ブラシを持ったまま物置へ駆け込むと、もう片方の手にノコギリ鎌を持った。そして歯磨き粉がまだ付いている歯ブラシを小耳に挟(はさ)み、除草を始めた。歯を磨き終えてからでもよかったのだが、この唐突(とうとつ)な下地の行動には隠れた一つの原因が潜(ひそ)んでいた。下地が昨日(きのう)観たテレビ時代劇が影響していたのである。格好いい俳優が格好いい立ち回りで悪人達を格好よくスッパスッパと斬り倒していった。それを観ていた下地は、そうそう! と、カップ麺をズルズルと喉(のど)に流し込みながら溜飲(りゅういん)を下げた。一日くらいなら忘れもするのだろうが、その時代劇を観るのが最近、病(や)みつきとなっていた下地の深層心理にはその残像が深く残っていたのである。格好いい主人公が活躍する映画を観た観客が、観終わって映画館を出たとき、さも主人公にでもなったかのように格好をつける・・という行動によく似通(にかよ)っていた。
 10分ばかり経ち、下地は除草した草をビニール袋に入れた。正確には斬った草ではなく、根から抜き取った草である。
『ふふふ…峰は返しておきました。そのうち、息を吹き返す者どもばかりです。では…』
 下地は悪党どもを退治したあとの剣豪のワン・シーンのように格好よく心で呟(つぶや)き、その場を去った・・のではなく、家の中へと入った。小耳に挟んだ歯ブラシの歯磨き粉が流れ落ち、下地の服は汚れていた。

                              


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