水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

隠れたユーモア短編集-88- 化かしあい

2017年10月15日 00時00分00秒 | #小説

 世間は、そう甘くはない。ということは、殺伐(さつばつ)とした世相・・だという現実を意味する。人心は荒廃(こうはい)し、社会は雑草だらけ・・ということだ。だが悲しいことに、私達にはその荒廃した姿が見えていない。私達は、ただただ、その見えない雑草の中で化かしあって生きているのである。善悪は別として、化かした者は勝者として世に君臨し、化かされた者は下級階層に甘んじることになる。
「炭川さん、その契約書類、明日までに頼むよ」
 課長代理の今路(こんろ)が課長補佐の炭川にデスク越しに声をかけた。柔和な物腰(ものごし)で頼んだ今路だったが、内心は炭川を化かそうとしていた。実のところその契約書類は、明日では遅(おそ)かったのだ。今路の思惑(おもわく)は、そう急がずともいいんだ…と炭川に思わせておいて、慌(あわ)てさせよう…という魂胆(こんたん)だった。なぜ二人が化かしあっているのか? といえば、副課長ポストを巡り、熾烈(しれつ)な出世競争を演じている矢先だったのである。
「分かりました…」
 炭川も柔和な物腰で今路に返事をした。だが、炭川もまた、今路を化かそうとしていた。今路の言った契約書類が明日、必要なことは、すでに部下を通じ、知らされていた炭川だった。課長の内輪(うちわ)にパタパタと煽(あお)られたとき、すでに十分、燃え盛る元火が着くよう、契約書類は完成してコピ-までされていたのである。今路は、明日、燃え盛って熱されるとも知らず、冷えた身体で化かしたつもりだった。炭川の方が一枚上だった・・ということになる。ところが、上には上がいた。課長の内輪は部長代理のポストを目指(めざ)していたから、二人を上手(うま)く利用してパタパタと煽り、化かしていた。そんなに急ぐ契約書類とも思えなかったのだが、部長の参馬(さんま)の覚えがよくなるよう、二人を化かしていたのである。ところが参馬は参馬で、コンガリと焼かれ、専務の台近(だいこん)に盛りつけられよう…と、必死に三人を化かしていた。だが、さらに上の化かし上手(じょうず)は専務の台近で、社長の尾更(おさら)に美味(おい)しく盛りつけられて味わってもらい、副社長ポストを次の役員会で射止めるサプライズ契約にしよう…と、部下達を化かしたつもりだった。だが、世間はそう甘くはなかった。全員の化かし合いは契約先の相手企業が倒産し、白紙となってしまったのである。
 まあ、隠れた化かしあいの末路(まつろ)は、こうなる・・としたものだ。

                              


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