人が動くから[働く]か…と、学者の橘(たちばな)は、ふと思った。当たり前といえば当たり前なのだが、動いたからといって働いていないことも当然あるだろうがっ! と、誰に言われた訳でもないのに橘は自然と腹が立ってきた。だが待てよ…と、橘はまた思った。[働く]という言葉がある以上、そこには何らかの隠れた深ぁ~~~い意味が含まれているに違いない…と、橘はまたまた思った。別に思わなくてもいいのに思ってしまったのだから仕方がない。思うとやってしまわねば気が済まない性格の橘は、急いで書斎へ籠(こ)もると、研究を始めた。書棚に並んだ数多くの書物から、関係がありそうな書物が机上へと置かれた。橘は片っ端からそれらの書物を手にして開いた。そのとき、パラリンピックの放送を流している別の部屋のテレビ音声が、微(かす)かに橘の耳に入った。と同時に、橘は閃(ひらめ)いた。
『そうかっ! 五体満足に動けるということは有難いことなんだ。それを思えば、障害者の分まで頑張らねば罰(バチ)が当たる。それを思って有難く仕事に励む・・これが働くか…』
橘は無理に関連づけるように、またまたまた思った。しばらくして、橘は、いやいやいや…と、その思いを打ち消した。動かず、じぃ~~~っと仕事をしている人もいるぞ。仕事をしているのに動いていない・・いや! 手とか頭は動かしているから、やはり[働く]か…と、打ち消した思いを、また打ち消した。そして数時間、橘が出した[働く]ということの結論は、隠れた働ける状況が有るということが幸せで、そのことが[働く]という言葉の真実の意味なんだ…と思えたとき、橘は鼾(いびき)をかきながら机の上へ突っ伏(ぶ)して眠ってしまっていた。
完