とある化粧品会社の販売促進課である。データ分析係では、課長の射矢(いや)と課長代理の的(まと)が居残って話し合っていた。
「いや、それは…」
「そうか? 私は今までの例からして、間違いなくヒットすると思うんだが…」
「何も起こらねば、そうなるんでしょう、たぶん…。しかし、どうも悪い胸騒(むなさわ)ぎがするんですよ」
話は四月から新しく発売予定のヘアワックス[ピカール]の販売予測に関してだった。
「悪い予感というと?」
射矢は訝(いぶか)しげに的の顔を見た。
「はあ…こんなこと言っちゃなんなんですが、ひょっとすると、情報が漏(も)れている可能性が…」
「なんだって! 産業スパイかっ!!」
「シィ~~、課長、声が大き過ぎますっ」
「いや、すまん…。だが、それは確かなんだろうな」
「私が信頼する部下の報告ですから、間違いないと…」
「そうか…。一応、部長にはそう伝えておく」
「内偵は進めておりますが、はっきりするまで、もうしばらくは発売の延期を…」
「分かった!」
見えざる敵は、すでに二人の目の前にいた。データ分析画面を映し出すパソコンの電源コンセントに仕掛けられた盗聴器だった。
「フフフ…」
密(ひそ)かに嗤(わら)う不敵な声。それは部長の大筒(おおづつ)だった。大筒は、取締役ポストを餌(えさ)に情報をライバル会社へ流し、釣られていたのである。自宅の一室のソファで風呂上りのブランデーグラスを傾けながら、大筒は流れる二人の音声に耳を傾けていた。
だから、隠れた見えざる敵は怖(こわ)いのだ。
完
※ 大筒さんは引き抜かれたあと、出世はしましたが、過去のインサイダー取引が発覚し、逮捕されたということです。不敵な嗤いの末路は、まあ、そうなる・・ということでしょうか。