水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

泣けるユーモア短編集-69- 動かず

2018年04月14日 00時00分00秒 | #小説

 動き回るほど事態を悪くして、ぅぅぅ…と泣けることがある。そういうときこそ、動かず・・を心がけることが肝要(かんよう)だ。不動心、不動身である。動かず、そうこうしていると、いつの間にか心身ともに冷静になれ、健康が戻(もど)ってくる・・といった具合だ。
 深毛(ふかも)禅寺(ぜんじ)の山門前である。一人の背広服の男が石段をヨッコラッショ! と登ってきた。山門を掃(は)き清めていたのは、管長(かんちょう)の沢傘(たくさん)である。
「ホッホッホッ…飽(あき)きずに、また来られましたな?」
 沢傘は見慣れた男の姿に、嫌味(いやみ)を一つ言って微笑(ほほえ)んだ。
「ははは…ひとつ、よろしくっ! また泣けることが増えましてな」
「今回は、いかほど、ご滞在ですかな?」
「二日ばかりお願いを…」
「分かりました。いつものようなことで、大したお構(かま)い立ては出来ませぬがのう…」
「ええ、それはもう…」
「では、そういうことで…」
 男は沢傘に導かれ、寺の中へと消えていった。
 二日後である。
「お世話になりました…」
「いかがですかな?」
「はっ! お蔭さまで、心身とも凍りついたように動かず、でございます」
「おお! それはよかった。俗世は、悪い水が解かしますでなっ。くれぐれもお気をつけられて…。では、孰(いず)れまた…」
「はっ! 老僧もお元気で…」
「お互いにのう…」
 二人は山門前で別れた。
 動かず・・は時として、ぅぅぅ…と泣けることから救う医療になるのである。

                               完

 ※ 動いた方がよい場合も時として、あるようです。^^


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