動き回るほど事態を悪くして、ぅぅぅ…と泣けることがある。そういうときこそ、動かず・・を心がけることが肝要(かんよう)だ。不動心、不動身である。動かず、そうこうしていると、いつの間にか心身ともに冷静になれ、健康が戻(もど)ってくる・・といった具合だ。
深毛(ふかも)禅寺(ぜんじ)の山門前である。一人の背広服の男が石段をヨッコラッショ! と登ってきた。山門を掃(は)き清めていたのは、管長(かんちょう)の沢傘(たくさん)である。
「ホッホッホッ…飽(あき)きずに、また来られましたな?」
沢傘は見慣れた男の姿に、嫌味(いやみ)を一つ言って微笑(ほほえ)んだ。
「ははは…ひとつ、よろしくっ! また泣けることが増えましてな」
「今回は、いかほど、ご滞在ですかな?」
「二日ばかりお願いを…」
「分かりました。いつものようなことで、大したお構(かま)い立ては出来ませぬがのう…」
「ええ、それはもう…」
「では、そういうことで…」
男は沢傘に導かれ、寺の中へと消えていった。
二日後である。
「お世話になりました…」
「いかがですかな?」
「はっ! お蔭さまで、心身とも凍りついたように動かず、でございます」
「おお! それはよかった。俗世は、悪い水が解かしますでなっ。くれぐれもお気をつけられて…。では、孰(いず)れまた…」
「はっ! 老僧もお元気で…」
「お互いにのう…」
二人は山門前で別れた。
動かず・・は時として、ぅぅぅ…と泣けることから救う医療になるのである。
完
※ 動いた方がよい場合も時として、あるようです。^^