よくも悪くも、吹く風向(かざむ)きによって物事は変化する。これは見える場合と見えない場合とがあり、『おお! 冷えるっ! 今日の風は強いなっ!』などというのは見える場合で、二国の対戦試合で、『どうも風は今、我が国に吹いているようですねっ!』などと解説されるのは、見えない場合だ。
とある会員制の超高級レストランである。株で大儲(おおもう)けした投資家がカウンター席に陣取っている。カウンター前の鉄板ではシェフが馴れた手つきで肉を焼き、細かく切り分ける。それに手をつけ、特性ソースで味わう投資家は、美味(うま)そうに肉を頬張(ほおば)る。
「今日のは肉汁(にくじゅう)が少し薄いようだが…」
「そうですかっ? いつもと同じ特注なんですがねっ!」
シェフにも料理人としての意地があるから、言い返す。
「そうか? …先に食った鰻重(うなじゅう)のせいか…」
投資家は、ひとまず納得して頷(うなず)く。実はこのとき、見えない風向きが変化していることに投資家は気づかなかったのである。すでに株価は大暴落の兆(きざ)しを見せていた。この兆しというのが、美味(おいし)く感じない、風の警告サインだったのだ。投資家はそれに気づけなかったのである。
ひと月後の同じ超高級レストラン前である。一人のうらぶれたホームレス風の男が、トボトボ・・と店の前を歩いている。
「あの肉、美味(うま)かったな…」
男は、そうひと言(こと)、ぅぅぅ…と泣けるような声で呟(つぶや)き、恨(うら)めしげに店を眺(なが)めた。風向きを見逃(みのが)した投資家の哀(あわ)れな末路(まつろ)である。
見えない風向きは分からないから、直接、風に言って欲しいものだ。^^
完