水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

泣けるユーモア短編集-56- 桜

2018年04月01日 00時00分00秒 | #小説

 花といえば桜! と、こうくる。言わずと知れた春の超有名な季語である。寒気が遠のき、なんとなく浮かれる陽気が辺(あた)りに漂(ただよ)い始めると、待ってましたわっ! とばかりに桜が咲き始める。だが、花の命は・・とかなんとか言われるように、思わずぅぅぅ…と泣けるほど短く儚(はかな)いのだ。
 とある堤防沿いの宵である。満開の桜が灯(とも)された雪洞(ぼんぼり)になんとも優雅に映え、その下では飲めや歌えのドンチャン騒ぎの宴がたけなわである。
「ははは…どうされました、酢川(すがわ)さん? そんな…涙顔(なみだがお)になられて…」
 すっかり酔いが回った赤ら顔の飯岡(いいおか)が泣き始めた酢川を訝(いぶか)しげに見ながら小さく言った。
「ぅぅぅ…この桜ですよっ、この桜っ! ぅぅぅ…」
 泣き上戸(じょうご)なのか、酢川の顔は涙で、はやくもビッショリと濡れていた。
「この桜がどうかしましたか? いやぁ~、実に美しいっ! それが、なにか?」
「あんたねぇ~。分かりませんか? ぅぅぅ…。今はいい! 今はいいんですっ!」
「はあ…」
 飯岡には酢川の言う意味が理解できない。
「十日もしてごらんなさいっ! こんな可愛い娘(こ)がババアだっ!」
「ババアってこたぁ~ないでしょ、せめて姥桜(うばざくら)くらいに。ははは…」
「ぅぅぅ…この先を思うと、ぅぅぅ…泣けるんです」
「確かに…」
 この国の将来が、ふと過(よ)ぎったのか、飯岡も涙を流し始めた。
 桜とは最後に泣ける花なのである。

                               完


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