水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

愉快なユーモア短編集-17- イラッ!

2018年09月09日 00時00分00秒 | #小説

 愉快な気分になっているとき、イラッ! とすることは誰しもある。だが、このイラッ! には個人差があり、些細(ささい)なことでイラッ! とする気の短(みじか)ぁ~~い人もおれば、怒(おこ)るだろう…と思えることでもイラッ! としない気の長(なが)ぁ~~い人もいる訳だ。要は、人それぞれっ! ということになるが、誰しも愉快な気分を削(そ)がれ、イラッ! とは、したくないだろう。
 運動会が近づく、とある小学校の運動場で体育の授業が行われている。5年B組の生徒達は、運動会の競技で披露(ひろう)する組立体操の練習に余念がない。指導するのは体育教師の我慢(がまん)だ。気温の関係からか、開催が春の五月に変更されたまではよかったが、生憎(あいにく)の時期外れの高温で生徒達は危(あや)うかった。
「先生! 僕、気分が…」
 生徒の一人が体調不良を我慢に訴(うった)えた。
「そうか…。よしっ! 今日は中止だっ!! 全員、教室へ戻(もど)りなさいっ!!」
 我慢の性格は苗字(みょうじ)どおりという訳ではないが、無理をしない性分(しょうぶん)だったから、いとも簡単に練習を中止した。運悪く、その様子(ようす)を2階の職員室から見下ろしていたのが教頭の無理(むり)だった。無理は、これも苗字どおりという訳ではなかったが、出来そうでないことまで無理にやってしまおう! という性格だったから、拙(まず)かった。イラッ! とした無理は職員室から飛び出すと、一目散(いちもくさん)に1階の5年B組の教室へと走っていった。教室の中には我慢が生徒を前に教壇に立っていた。
「息を切らしてどうされました? 教頭」
「どうされましたも、こうされましたもないよっ! 運動会は、あと一週間だよっ、君っ!」
「ええ、それは分かってますよ。生徒の体調が悪かったもので…」
「少し休ませてから続けりゃいいじゃないかっ!!」
「教頭! それは本気でおっしゃってるんですかっ!」
 逆らうつもりは毛頭(もうとう)なかった我慢だったが、さすがにイラッ! とした。
「もちろんだよっ!!」
「あんたねっ! それでも教頭かっ!! 生徒のことを本気で考えてるんかいっ!!」
「教頭に向って、なんだその物言いはっ!!」
 売り言葉に買い言葉である。教壇は口喧嘩(くちげんか)の様相(ようそう)を帯びてきた。
「私は大体、春っていうのが反対だったんだっ! 9月が暑くてダメなら、11月の文化祭と入れかえりゃいいじゃないかっ!」
 生徒達の中から、パチパチ…と拍手が起き、たちまち拍手の渦(うず)となった。こうなっては教頭の無理も無理を通せない。
「…」
 苦虫(にがむし)を噛(か)み潰(つぶ)したような顔つきで、渋々(しぶしぶ)、イラッ! としながら教室から出ていった。逆に、体育教師、我慢のイラッ! は消え、愉快な気分が溢(あふ)れていた。
 イラッ! としないのが、愉快な気分になる妙薬(みょうやく)かも知れない。^^

                                 完                                 


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