水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

明暗ユーモア短編集 (4)灯(あか)り

2021年12月10日 00時00分00秒 | #小説

 明る過ぎるっ! と怒りながら家の照明を暗くする人、なんだっ、この暗さはっ! もっと明るくしろっ! とイラつく人と、灯(あか)りに対する明暗の好みは、人それぞれである。個人の嗜好(しこう)、要するに好みなのだから、こればっかりはダメだっ! とも言えず、致し方ないだろう。^^
 日没が近いとある田舎の一軒家である。
 ひょい! と玄関から散歩に出たご隠居が、しばらく歩いて立ち止まった。ひょい! と飛び出たのには、ひょい! と飛び出るだけの理由があった。ご隠居が居間で優雅に茶を啜(すす)りながらテレビを観ていると、急に息子夫婦の口喧嘩の雑音が二階から飛び込んできた。二階だから最初は小さかった雑音だったが、次第に大きくなってくるではないか。どうも、二階の階段から降りてこなくてもいいのに二人が降りてきたようだった。こりゃ、非難するに限る…と思えたご隠居は、咄嗟(とっさ)に身を躱(かわ)すかのように家を飛び出た・・と、まあ、話はこうなる。ところが、深く考えず出たものだから、十分ほど経った田舎道で立ち止まって呟いた。
「しまった! …」
 というのも、釣瓶落としの秋の陽が完全に西山へ姿を眩(くら)ましてしまったからだ。灯りに…と懐中電灯を持って出ればよかったのだが、夫婦喧嘩からの緊急避難だから持って出られるはずもなかったのである。
「まっ! いいか。戻るとしよう! もう、終わってるかも知れんしな…」
 ご隠居は暗くなってしまわないうちにと、家路を急いだ。家に着くと、辺りはシィ~ンとしているではないか。よかった! 終わったか…とご隠居は明るい気分で居間へ入り、テレビのスイッチを点(つ)けようとした。ところが、である。
「お義父さまっ! ちょっと、聞いて下さいませんっ!」
「どうかされましたか? 未知子さん…」
 息子の嫁が、ひょい! と姿を現さなくてもいいのに現し、愚痴り始めた。ご隠居の気分は愚痴を聞かされるに至り、また暗くなった。夫婦喧嘩は、まだ終わっていなかった。ご隠居は夫婦喧嘩の泥沼に足を取られたことになる。そこへ、いい塩梅(あんばい)に孫が現れた。
「おっ! 正也殿か…。お待ちしており申した。手渡したき品がごさるゆえ、離れまで…」
「… 分かり申したっ!」
「未知子さん、お話はまた、後日(ごじつ)…」
 ご隠居は、いい助け舟が来たとばかりに、席を立つと、孫とともにふたたび避難を開始した。
 ということで、この喧嘩の顛末(てんまつ)がどうなったか? までは分からない。灯りがいる暗い夫婦喧嘩が続いていないことを祈るのみである。^^ 

 ※ ご存じ、風景シリーズから、湧水家の方々の特別出演でした。

                   完


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