明るい気分だと、まあ、いいか…と済ますものが、暗ければ済ませなくのが我々、人である。むろん、その程度は人それぞれで異なるが、気分の明暗によって少なからず結果は変わることになる。その点、機械は気分がないだけに結果が正確で、誤差がない限り結果に狂いは生じない。となれば、比較判断をする場合は機械の方がいいっ! という結論になるが、実はそうならないから、人の世は明暗が入り乱れて面白いのである。^^
プロ将棋の名人戦が行われている、とある温泉の会場である。
「豚山王位、残り五分です…」
時計係が低い声で小さく言う。豚山王位は太った体躯を揺り動かしながらブウブウとは言わず、無言で残った茶を啜(すす)る。時間に追われたせいで、心なしか気分が暗い。
『… まあ、いいかっ!』
豚山王位が考えていた手筋は数手あったが、思わず指した手が悪手となってしまった。二歩である。
「うっ!!」
盤面を見つめる豚山王位が思わず唸(うな)った。そして暫(しばら)くして、手駒を番上に一枚置くと、対局相手の牛川王座に苦笑しながら軽く会釈(えしゃく)した。
「…」「…」
残り時間から解き放たれた王位と王座は、俄(にわ)かに明るい気分となり、互いの顔を見ながらニンマリと微笑(ほほえ)んだ。
気分は、苦が消えると明るくなり、苦が増えれば暗くなる・・という一例である。^^
完