ノーベル賞の発表が行われたのは、それから三日後だった。蛸山も海老尾も朝からソワソワと動きにゆとりがない。というのも、受賞決定となれば電話がかかることになっていたからである。ところが昼前になっても、いっこうかからない。^^
「海老尾君、電話、故障してるんじゃないかっ!?」
「いえ、そんな筈(はず)はありません…」
海老尾は、つい先(さっき)、店屋物を頼んだじゃないですか…と言おうとしたが、グッ! と我慢して心に留(とど)めた。
それからしばらくして、デリバリーした鰻専門店[蒲末(かばすえ)]の店員がピンポン!! とドアベルを押すと同時に入ってきた。
「鰻重、ここへ置いときますっ! 器(うつわ)は、いつものように次でっ! 毎度っ!!」
鰻専門店[蒲末(かばすえ)]の店員がアルミ製のおかもちから鰻重と肝吸い入りの薬缶を取り出し、アグレッシブな大声で言った。動きは素早く、器を置いたかと思うと、もう姿は消えていた。研究室の勘定は月払いの振り込みだった。
「所長! 昼にしましょう…」
海老尾がデスクから立ち上がり、大きく背伸びをしながら言った。
「ああ…」
返す蛸山の声はやや湿(しめ)りがちで小さい。明らかに電話がないことが原因…と海老尾には思えた。
「発表、遅れてんじゃないですかっ!」
海老尾は見かねて元気づけようとした。
「そうかね…」
やや持ち直した声で蛸山が返す。二人が食べ終えたとき、すでに一時は回っていた。
「それにしても…」
焦(じ)れた海老尾がテレビのリモコンを押すと、画面に映し出されたのはノーベル賞発表のニュースだった。
『蛸山正雄氏の受賞は今回、見送られた模様です…』
アナウンサーが深々と頭を下げ、ニュースは終わった。海老尾は最悪のタイミングだな…と思いながら蛸山を窺(うかが)った。
続